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人類で進化し、多様性が維持されている「こころの個性」に関わる遺伝子を特定

人類で進化し、多様性が維持されている「こころの個性」に関わる遺伝子を特定

2018.08.22 09:00

発表のポイント

  • 私たちはみな、多様な「こころの個性」(=精神的個性)をもっており、それらは時として精神疾患にもつながります。一方で、こうしたヒトの精神的多様性がどのように進化し、維持されているのかについて、その進化機構は不明です。
  • 本研究では、精神疾患関連遺伝子の中で、人類の進化過程で自然選択によって有利に進化してきた、こころの個性に関わる遺伝子(不安傾向や神経質傾向の違いに影響するSLC18A1遺伝子)を検出しました。
  • ヒトの集団内で、この遺伝子は遺伝的多様性をもち、自然選択によって異なる遺伝子型が集団中に積極的に維持されていることを示しました。
  • 本研究成果は、ヒトのこころの多様性が進化的に積極的に保たれている可能性を進化遺伝学的手法により初めて示したものです。本研究の進化学的な知見は、個性や精神・神経疾患の生物学的意義や治療の方向性について示唆を与えると期待されます。
 

背景

 現代人の5人に1人は、一生の間に何らかの精神疾患を発症するといわれており、その原因解明および治療は、精神医学や神経科学における中心的課題の一つです。また、精神疾患は遺伝率が高く、しばしば生物学的な適応度(生存や繁殖)に大きな影響を与える可能性があるにも関わらず、ヒトの集団中に頻繁に見られることから「進化的なパラドクス」と捉えられることもあり、その進化機構の解明は進化学的にも重要な研究課題です。さらに、統合失調症や自閉症などの精神疾患は、社会行動や認知機能など、ヒトを特徴づけるような高次脳機能の障害を示すことから、人類の高次脳機能の進化の副産物として精神・神経疾患が生まれたのではないかという仮説があり、精神疾患関連遺伝子は人類の脳の進化において重要な役割を果たしたと考えられます。
 一方で、精神疾患という表現型は私たちが持つ「個性」の一部として捉えることもできます。実際、近年行われた研究の多くが、精神疾患と精神的個性1)の遺伝的背景にはかなりの重なりがあることを見出しています。過去の理論研究は、こうした個性にかかわる遺伝的変異は積極的に維持されうると提唱していますが、実際に精神疾患および精神的個性に関わる遺伝的変異が自然選択によって積極的に維持されていることを明確に示す証拠はこれまで報告されていませんでした。
 本研究では、精神疾患の関連遺伝子に着目し、哺乳類15種のゲノム配列を用いて、人類の進化過程で加速的に進化した遺伝子を検出しました。また、約2500人分の現代人の遺伝的多型データを用いて、集団中で積極的に維持されている遺伝的変異の特定を試みました。
 

詳細な説明

 東北大学大学院生命科学研究科の佐藤大気(博士後期課程学生)と河田雅圭教授は、哺乳類15種のゲノム配列を用いて、精神疾患関連遺伝子588個の進化速度を推定しました。その結果、3つの遺伝子(CLSTN2, FAT1, SLC18A1)が人類の進化過程で自然選択を受けて加速的に進化してきたことを見出しました。中でも、SLC18A1遺伝子の136番目のアミノ酸座位は、ヒト以外の哺乳類は全てアスパラギン(Asn)でしたが、ヒトにはスレオニン(Thr)とイソロイシン(Ile)という2つの型がありました。そして、Thr型(136番目のアミノ酸がThrであるSLC18A1遺伝子)とIle型(同アミノ酸がIle)はヒト集団中に約3:1という割合で存在しています。つまり、人によって持っている136番目のアミノ酸が異なり、各個人は3つの遺伝子型(Thr/Thr、Thr/Ile、Ile/Ile)のどれかをもっているということになります(日本人では、約52%の人がThr/Thr型、約40%の人がThr/Ile型、約8%の人がIle/Ile型の遺伝子を持っています)。
 SLC18A1遺伝子は小胞モノアミントランスポーター1(Vesicular Monoamine Transporter 1: VMAT1)をコードしており、神経や分泌細胞内で分泌小胞に神経伝達物質を運搬する役割を果たしています(図1)。上記のアミノ酸置換が生じた座位は、タンパク質の機能制御に関わるドメインに属していることから、神経伝達物質の運搬に影響を与える可能性が高いと推測されます。実際、Thr型とIle型の違いがタンパク質の機能やヒトの精神に与える影響についてはいくつかの先行研究があり、Thr型の方が小胞への神経伝達物質の取り込み効率が低いほか、うつや不安症傾向、精神的個性の一つである神経質傾向はThr型の方が強いことが示されています。また、Thr型は双極性障害や統合失調症などとの関連が指摘されています。これらをふまえると、人類の進化過程でSLC18A1遺伝子に生じた遺伝的変化は、ヒトの精神機能に影響を与えた可能性があります。
 一方で、Thr型とIle型はどちらが先に出現したのか、また、なぜうつや不安傾向などに関わる遺伝的変異が集団中に高頻度で存在するのかなど、その進化機構は不明でした。そこで本研究ではさらに、シミュレーション解析を交え、Thr型とIle型の進化プロセスの解明、およびこの多型に働く自然選択の検出を試みました。その結果、ネアンデルタール人など古人類の時点で既にThr型は存在していること、Ile型は人類が出アフリカ2)を果たした前後で出現し、有利に働く自然選択を受け頻度を増加させていったこと、一方で、アフリカの集団では、Ile型の頻度は低く、自然選択を十分に受けていないことが明らかとなりました。また、ヨーロッパやアジアの集団では、この多型座位の付近で有意に遺伝的多様性が増加しており、多型を積極的に維持する平衡選択3)が働いていることが明らかとなりました(図2)。
 つまり、不安傾向や神経質傾向などをより強く示すThr型は、チンパンジーとの共通祖先から人類の進化の過程で、何らかの有利な影響を与えていたと考えられます。その後、ヒトがアフリカ大陸を出て、ヨーロッパやアジアなどに広がった際に、抗うつ・抗不安傾向を示すIle型が、自然選択を受け有利に進化したことが推測されます。しかし、Ile型とThr型は、どちらか一方に完全に置き換わることなく、両方の遺伝子が積極的に維持されるような自然選択が働いていると考えられます。
 本研究は、ヒトの精神的特性がその進化過程で強い自然選択を受けてきたことを示すとともに、私たちのこころの多様性に関わる遺伝的変異が自然選択によって積極的に維持されていることを初めて実証したものです。私たちの「十人十色」なあり方には、進化的な意義があるのかもしれません。本研究は、ヒトの精神的個性の違いや、うつ症状・不安症をはじめとする精神疾患の進化学的意義を明らかにするもので、精神疾患を含めた多様な個性の捉え方や社会的意義を考える上で、大きな示唆を提示するものと思われます。
 本研究の成果は、8月21日にEvolution Letters誌に掲載されました。Evolution Letters誌は、アメリカ進化学会とヨーロッパ進化学会が共同で出版する新しい雑誌で、進化学分野の最先端の研究成果が掲載されました。本論文はオープンアクセスで、自由に閲覧可能です。
 本研究は、文部科学省科学研究費、新学術領域「個性創発脳」 (17H05934)の支援を受けて行われました。
 
 
 
図1. SLC18A1(VMAT1:小胞モノアミントランスポーター1)の模式図。神経細胞内でシナプス小胞にセロトニンやドーパミンといったモノアミン神経伝達物質を蓄える働きを持つ。Thr型は、Ile型に比べて小胞へのモノアミンの取り込みが少ない。
 
 
図2.世界各地の集団におけるThr136Ileの頻度と自然選択の様子。アフリカ以外の集団ではIle型の頻度が高く、平衡選択3)によって積極的に多型が維持されている可能性が示された。
 
 
【語句説明】
注1 個性:
上の文脈においては、心理学の分野で主に用いられる「調和性」、「誠実性」、「開放性」、「外向性」、「神経質傾向」の5つによって表される精神的特性を指す。
 
注2 出アフリカ:
現生人類(Homo sapiens)が、約10万年ほど前にアフリカ大陸からユーラシア大陸へと渡った移動を指す。
 
注3 平衡選択:
遺伝的多型(異なる遺伝子型)が積極的に維持される自然選択の様式を指す。ヘテロ型が有利になる超優性、少数派の遺伝子型が有利になる負の頻度依存選択, 環境によって異なる自然選択を受けることによる環境と遺伝子型の相互作用がある場合に生じる。
 
 
 
 
 
【関連リンク】
 
 
 
【論文の詳細】
 
著者:Daiki X. Sato and Masakado Kawata
 
表題:Positive and balancing selection on SLC18A1 gene associated with psychiatric disorders and human-unique personality traits.
 
雑誌:Evolution Letters/電子版 発行:2018年8月
DOI:10.1002/evl3.81
 
 
 
 
 

問い合わせ先

(研究に関すること)
東北大学大学院生命科学研究科 
教授 河田 雅圭(かわた まさかど)
電話番号:022-795-6688
E メール:kawata*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)
ホームページ:http://meme.biology.tohoku.ac.jp/klabo-wiki/(研究室)
 
(報道に関すること)
東北大学大学院生命科学研究科 広報室
高橋 さやか(たかはし さやか)
電話番号:022-217-6193
E メール:lifsci-pr*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)