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色覚遺伝子発現の個体差が雌の好みの多様さをもたらす

色覚遺伝子発現の個体差が雌の好みの多様さをもたらす

2018.11.13 09:00

発表のポイント

  • 観賞魚としても有名なグッピーは、オスの派手な体色およびオスの体色に対するメスの好みに非常に顕著な種内多様性があることが知られている。
  • さらにグッピーは色の見え方(色覚)にも個体差があり、色覚の多様性がメスの好みの多様性をもたらしている可能性が指摘されている。しかし、色覚の多様性が生じるメカニズムや色覚とメスの行動の関係はこれまで明確になっていない。
  • 本研究は色覚に関わるオプシン遺伝子(注1)に着目し、オプシン遺伝子の発現量(注2)が、遺伝的変異と生育時の光環境の影響の双方により異なることを示した。
  • オプシン遺伝子の発現量は、行動レベルで個体の光感受性に影響しており、さらにオスのオレンジ色に対するメスの好みにも影響することが行動レベルで実証された。
  • 本研究の成果は、メスの好みと感覚の特性の進化的な関係性について重要な知見を提供するとともに、野外における表現型多様性の維持メカニズムの解明に向けても大きな足がかりとなる可能性がある。

研究の背景と概要

 多くの動物において、一方の性(主にオス)のみが鮮やかな体色や長い尾のような派手な形質をもつ例が知られています。こうした派手な形質は、交配相手であるもう一方の性(主にメス)によって好まれ、選択されることで進化してきました。では、そもそもなぜメスは特定の形質をもつオスを好むように進化してきたのか、この問いの解明は、古くから進化生物学の中心テーマであり続けています。
 観賞用としても人気の高い中南米原産の小型魚グッピーは、オスのみが派手で複雑な体色パターンをもち(図1)、メスは交配相手のオスを選ぶ際に、オスの体色パターンに対して特定の好みを示すことが明らかになっています。また、オスの体色パターンやそれに対するメスの好みには、種内で多様性があることが知られています。さらに興味深いことに、グッピーにおいては色の見え方(色覚)にも個体差があることが知られています。これらのことから、色覚の違いがオスの体色に対するメスの好みに影響を与え、色覚とメスの好み、さらにオスの体色の多様性が互いに関わり合って進化してきた可能性が指摘されています。しかしながら、どのような遺伝的メカニズムによって色覚の違いが生じているのか、また色覚の違いが実際にメスの好みに影響を与えるのかは実証されておらず、色覚とメスの好みの関係性に関しては仮説の域を出ていませんでした。
 色覚は、網膜上に存在する錐体視細胞が異なる波長の光を感受することによって実現します。本研究では、錐体細胞で発現する光センサーである錐体オプシン(注1)に着目し、遺伝的変異および発育時の光環境の違いの双方によって生じる錐体オプシン遺伝子の発現量(注2)の多様性が多様な色覚をもたらしていることを示しました。さらに、オプシン遺伝子発現量の違いとそれに応じた色覚の違いは、グッピーのオスのオレンジ色(注3)に対するメスの好みの違いに関わることを明らかにしました。
 

詳細な説明

 これまでグッピーでは、赤や緑の知覚に関わる長波長感受型オプシンの一つ(LWS-1)に、異なる波長感受性をもつ遺伝的多型があり、そうした遺伝的多型が野外で維持されていることが知られていました。東北大学生命科学研究科の酒井祐輔(現基礎生物学研究所博士研究員)と河田雅圭教授は、東京大学との共同研究で、異なるLWS-1遺伝子型の違い(注1)と成育時の光環境の違いが、オプシン遺伝子発現量(注2)にどう影響するかを調べました。さらに、オプシン発現量の違いが、特定の色の光(特定の光波長)に対する個体の感受性、さらに、オスのオレンジ色に対するメスの反応にどう影響するかを調べました。その結果、LWS-1およびLWS-1の近傍に存在する2つのオプシン遺伝子(LWS-2, SWS2-B)の発現量が、異なるLWS-1遺伝子型をもつ個体の間で異なることが明らかとなりました。このことは、LWS-1の遺伝的変異と複数の遺伝子を調節する領域の変異が連鎖し、近傍の複数のオプシン遺伝子の発現量の変化を引き起こしている可能性を示しています。また、生育時の光環境の違いも複数のオプシン遺伝子の発現量に影響することが示され、遺伝的な変異と光環境による可塑性の双方が、多様なオプシン遺伝子発現量を生じさせていることが明らかとなりました。
 次に、こうしたオプシン遺伝子発現量の変化が、実際に個体の行動レベルで光の知覚に関わることを示すため、オプトモーター反応(注4)を用いた行動実験によって、特定の波長に対する個体の光感受性を測定しました。その結果、LWS-1の発現量が高い個体ほど緑やオレンジの単一波長光に対して高い感受性を示すことが明らかとなりました。この結果は、オプシン遺伝子発現量が異なる個体の間では、実際に色の濃淡や色彩が異なって見える可能性があることを示しています。
 また、画像処理によって体表面のオレンジ色のみを改変した同一オスのビデオ画像を用いて、オレンジ色に対するメスの反応性を測定しました。ビデオ画像上のオスは、画像処理ソフトウェアを用いてオレンジ色の面積および彩度が大きくまたは小さくなるように改変し、それぞれ派手オレンジ(High orange: HO)オス、低オレンジ(Low orange: LO)オスとしました。まずは、色覚モデルを用いて、HOおよびLOオスがグッピーのメスによってどのように知覚されるのかを推定しました。その結果、HOオスの方がLOオスよりもグッピーのメスにとっては輝度(色の明るさ)と彩度(色の鮮やかさ)ともに高いと感じられることが分かりました。さらにHOオスとLOオスの画像をメスに提示して行動を観察したところ、複数のオプシン遺伝子(LWS-1, LWS-3, SWS2-AおよびSWS2-B)の発現量が高いほど、HOオスのそばにいる時間が長いことが明らかになりました。一方、LOオスのそばにいる時間に対してオプシン遺伝子発現量の効果は検出されませんでした。この結果は、高い輝度および彩度のオレンジ色をもつオスに対するメスの好みがオプシン遺伝子発現量によって影響を受けることを示しています。
 本研究では、遺伝的変異(調節領域の変異)と生育時の光環境の影響を受けて多様化した光受容体タンパク質オプシンの遺伝子発現量が、色覚の多様性さらには体色に対するメスの好みの多様性を生み出すことを行動レベルで実証しました。本研究は、感覚の特性の進化とメスの好みとの関係を示すもので、メスの好みの進化を考える上で非常に重要な知見を提供すると考えられます。また、グッピーのオスでみられるような野外における顕著な表現型多様性がどのように進化し、維持されているのかを解明する上でも大きな足がかりとなることが期待されます。
 
 
図1. 野生グッピー。個体ごとに体色の異なる雄3匹と雌1匹(右下) (群馬大佐藤綾氏提供)
 
 
【語句説明】
注1 錐体オプシン、オプシン遺伝子:
脊椎動物は、網膜に2種類の視細胞をもち、桿体と錐体と呼ばれます。このうち、明るいところで働き、色覚を司るのが錐体です。錐体の細胞膜上には光センサーである視物質が高密度で埋め込まれており、この視物質を構成しているのが錐体オプシンで、オプシン遺伝子によって作られます。錐体オプシンはその遺伝子配列と吸収波長の特性から4タイプ(紫外線型、青型、緑型、赤型)に分けられます。グッピーは、1種類の紫外線型オプシン(SWS1)、2種類の青型オプシン(SWS2-A, SWS2-B)、2種類の緑型オプシン(RH2-1, RH2-2)および4種類の赤型オプシン(LWS-1, LWS-2, LWS-3, LWS-4)の計9種類の錐体オプシンを有しています (次頁上部の図, グッピーの8つのオプシンの吸収波長, LWS-4の吸収波長は不明)。LWS-1には、吸収波長が571nmの180Ser (180番目のアミノ酸がSer)と562nm の180Ala (180番目のアミノ酸がAla)が異なる対立遺伝子として集団中に維持されています。今回の実験では、LWS-1の180番目アミノ酸がSerのホモ接合とAlaがホモ接合の遺伝子型をもつ個体を実験で使用しました。
 
 
注2 遺伝子の発現量:
遺伝子情報からRNAが合成される量をいいます。オプシン遺伝子の発現量が大きいほど、網膜で多くの錐体オプシンが合成されていると考えられます。
 
注3 オスのオレンジ色:
グッピーのオスは様々な色の斑点(カラースポット)をもちますが、その中でもカロテノイド(色素の一種)によって生じるオレンジや赤の斑点は、メスがオスを選ぶ際の重要な判定基準になることが知られています。また、野外において、オスのオレンジ色に対するメスの好みには地域間変異および個体間の多様性があることが報告されています。
 
注4 オプトモーター反応:
特定の視覚刺激を注視し、それを追従する本能行動(視覚定位行動)の一種。ストライプ模様のあるシリンダーにグッピーを入れて回転させると、ストライプ模様を追従してグッピーも回転します。これは、視覚刺激に基づいた反応であるため、ストライプ模様が見えなくなると追従行動を停止します。特定の光波長のもとで光強度を減衰させながらオプトモーター反応を観察し、反応を示さなくなる閾値光強度を求めることで、その光波長に対する個体の感受性を推定することが可能です。
 
【論文の詳細】
著者:Sakai, Yusuke, Shoji Kawamura and Masakado Kawata
表題:Genetic and plastic variation in opsin gene expression, light sensitivity and female response to visual signals in the guppy.
雑誌:Proceedings of National Academy of Science of the United States of America /電子版
発行:2018年11月
 
 
 
 
【問い合わせ先】
(研究に関すること)
東北大学大学院生命科学研究科
担当:河田 雅圭(かわた まさかど)
電話番号: 022-795-6688
電子メール: kawata(at)tohoku.ac.jp
 
(報道に関すること)
東北大学大学院生命科学研究科広報室
担当:高橋 さやか(たかはし さやか)
電話番号: 022-217-6193 
電子メール: lifsci-pr(at)grp.tohoku.ac.jp