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Research

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迷走神経刺激で潜在能力を拓く -脳内血管運動が整い、記憶定着が支えられる可能性-

迷走神経刺激で潜在能力を拓く -脳内血管運動が整い、記憶定着が支えられる可能性-

2026.08.26 10:00

【発表のポイント】

  • 迷走神経(注1)は、内臓等の状態を脳に伝える内感覚(注2)の主要な経路であり、心の機能が体の状態から影響を受ける仕組みに関わります。
  • 本研究では、マウスの首の迷走神経にカフ電極(注3)を装着し、迷走神経刺激(VNS)(注4)を行うことで、学習に対する影響を調べました。
  • 運動学習の訓練直後に VNS を行うと、数日後に現れる学習成績の長期的な向上が増強されることが分かりました。
  • 学習に関わる脳部位の血液量変動を光ファイバー(注5)で計測したところ、VNS は血管の収縮・拡張を引き起こすことが示されました。
  • 末梢神経を介した体から脳への信号が、血管運動(注6)や代謝(注7)を含む脳内環境の変動を通じて、記憶定着に関わる可能性を示す成果です。
 

【概要】

    脳と心の働きは、体からも強い影響を受けています。臨床的には、迷走神経を刺激し、末梢神経を介して脳に働きかけることで、難治性てんかん(注8)などに対する治療が行われています。また近年では、耳介を介した非侵襲的な迷走神経刺激法(注9)も開発されており、VNS による脳機能制御(ニューロモジュレーション)(注10)に注目が集まっています。しかし、VNS によって実際に脳内でどのような変化が生じるのかは、十分に分かっていませんでした。
   東北大学大学院生命科学研究科の陳俊宇大学院生、生駒葉子助教、松井広教授(大学院医学系研究科兼任)らの研究グループは、マウスの迷走神経に装着できるカフ電極を用いて、学習訓練の直後に VNS を行う実験を行いました。その結果、VNS によって、長期学習が選択的に増強されることが示されました。さらに、光ファイバーを介して脳血液量の変化を測定したところ、VNS の反復刺激により血管のリズム性変動(注11)が生み出されることが分かりました。本研究は、VNS が脳に作用する仕組みを、血管・代謝を含む脳内環境の制御へと広げるものです。今後、血管や代謝を直接操作・計測することで、末梢神経刺激が脳の学習しやすさを高める仕組みの解明につながることが期待されます。
   本成果は 2026 年 8 月 25 日付で科学誌 iScience に掲載されました。
 
 
図 1. 迷走神経刺激による学習成績向上の概要。マウスに水平視機性眼球運動(HOKR)学習を行わせ、各訓練の直後にカフ電極を介して左頸部迷走神経を刺激しました。VNS を行った群では、訓練当日の成績には大きな変化は見られませんでしたが、訓練翌日(Day 2)および 5 日目(Day 5)のテストで学習成績が高まりました。また、VNS は小脳片葉周辺の血液量変動を引き起こし、反復刺激によって脳血管のリズム性変動を生じさせました。これらの結果から、迷走神経刺激が血管運動を含む脳内環境を変化させ、記憶定着を支える可能性が示されました。図中のキャラクターは、迷走神経を包み込むカフ電極と、血管の拡張・収縮に関わる血管平滑筋を模式的に表しています。
 
 
 
【用語説明】
注 1. 迷走神経
第 10 脳神経とも呼ばれ、脳から首、胸、腹部へと広く伸びる神経。心臓、肺、消化管などの内臓と脳を結び、内臓の状態を脳へ伝える信号と、脳から内臓へ指令を送る信号の両方を含む。身体内部の状態を脳に伝える内感覚の主要な経路であり、心拍、呼吸、消化、炎症反応などの調節にも関わる。迷走神経を介した信号は、脳幹を経て広い脳領域に影響を及ぼすため、身体の状態が情動、認知、学習などの脳機能に影響する仕組みを考えるうえで重要である。本研究では、マウスの左頸部迷走神経を電気刺激することで、身体から脳へ向かう信号が学習や脳血管運動に及ぼす影響を調べた。
 
注 2. 内感覚
心拍、呼吸、胃腸の動き、血圧、体温、空腹、痛み、炎症など、身体内部の状態を脳が感じ取る感覚のこと。外界の光や音を感じる視覚・聴覚などとは異なり、体の中で起きている変化を脳に知らせる働きを担う。内臓などからの情報は、迷走神経などを介して脳に伝えられ、情動、認知、意思決定、学習などの脳機能にも影響すると考えられている。
 
注 3. カフ電極
カフ電極とは、神経を切断せずに、神経の外側を包み込むように装着して電気刺激を行うための電極。「カフ」は袖口や筒状の覆いを意味し、神経の周囲に小さな筒状の電極を取り付けることで、目的の神経に比較的安定して刺激を与えることができる。本研究では、マウスの左頸部迷走神経を包み込む小型のカフ電極を用いて、長期間にわたって迷走神経刺激を行える実験系を構築した。
 
注 4. 迷走神経刺激(VNS: vagus nerve stimulation)
迷走神経に電気刺激を与え、身体と脳を結ぶ信号経路を人工的に活性化する方法。迷走神経には、内臓などの状態を脳へ伝える求心性の神経線維と、脳から内臓へ指令を送る遠心性の神経線維が含まれている。そのため、VNS は、末梢神経を介して脳幹や広い脳領域に影響を及ぼし、神経活動、情動、認知、学習などを調節する可能性がある方法として注目されている。臨床では、難治性てんかんなどに対する治療法として用いられており、近年では耳介などから刺激する非侵襲的な方法も開発されている。
 
注 5. 光ファイバー
細いガラスやプラスチックの線を通して光を伝えるための素材。脳科学研究では、光ファイバーを脳の特定の部位の近くに設置することで、外部から光を送り込んだり、脳内から発せられる蛍光を検出したりするために利用される。
 
注 6. 血管運動
血管壁の平滑筋や、血管の周囲に存在するペリサイトなどの働きによって、血管がゆっくりと拡張・収縮を繰り返す現象。血管が拡張すると、その場所に含まれる血液量は増え、血管が収縮すると血液量は減る。このような血管の動きは、脳に酸素やグルコースなどの代謝基質を届ける働きに関わると考えられている。脳内では、自発的な血管運動が数秒から十数秒程度のゆっくりとしたリズムをもって生じることがある。マウスの心拍は 1 秒間に 10 回程度とはるかに速いため、本研究で扱う血管運動は、心臓の拍動がそのまま脳血管に伝わったものではなく、血管自体のゆっくりとしたリズム性運動を指す。
 
注 7. 代謝
細胞が酸素やグルコースなどを利用して、ATP などのエネルギー分子や生命活動に必要な物質を作り出す一連の化学反応のこと。脳では、神経細胞やグリア細胞が代謝によって得られたエネルギーを使い、電気信号の発生、シナプス伝達、記憶形成などを支えている。
 
注 8. 難治性てんかん
適切な薬物治療を行っても、てんかん発作を十分に抑えることが難しい状態を指す。てんかんは、脳の神経細胞の活動が一時的に過剰になることで、けいれんや意識障害などの発作を繰り返す疾患。薬で発作を十分に抑えられない場合には、外科手術や迷走神経刺激(VNS)など、薬物以外の治療法が検討される。
 
注 9. 耳介を介した非侵襲的な迷走神経刺激法
手術で電極を体内に埋め込むのではなく、耳の一部に電極を取り付け、皮膚の上から電気刺激を与える方法。耳介には、迷走神経の枝が分布する領域があるため、この領域を刺激することで、迷走神経を介して脳に働きかけることができると考えられている。この方法は、経皮的耳介迷走神経刺激(taVNS: transcutaneous auricular vagus nerve stimulation)とも呼ばれ、従来の頸部に電極を埋め込む VNS に比べて身体への負担が少ない方法として研究・開発が進められている。
 
注 10. 脳機能制御(ニューロモジュレーション)
電気刺激、磁気刺激、薬物、光刺激などによって、神経回路の活動状態を調節する技術や考え方を指す。神経細胞の活動を単に強くしたり弱くしたりするだけでなく、神経回路が反応しやすい状態、学習しやすい状態、発作が起こりにくい状態などへ、脳内環境を調整することも含まれる。迷走神経刺激(VNS)は、末梢神経を介して脳に働きかけるニューロモジュレーションの一つであり、難治性てんかんなどの治療にも用いられている。本研究では、VNS によるニューロモジュレーションを、神経活動だけでなく、血管運動や代謝を含む脳内環境の変化として捉え直した。
 
注 11. 血管のリズム性変動
血管の拡張と収縮に伴って、局所の血液量が周期的に増減する現象。血管の拡張は血液量や血液の流れやすさを変化させ、血管の収縮は血液量や血流抵抗を変化させる。このような拡張と収縮がゆっくりとしたリズムで繰り返されることで、脳組織への酸素やグルコースなどの供給、代謝産物の移動、局所の脳内環境の調節が助けられる可能性がある。
 
 
【論文情報】
タイトル: Vagal nerve stimulation induces vascular oscillations and enhances long-term learning
著者: Junyu U. Chen, Yoko Ikoma*, Ko Matsui*
筆頭著者: 東北大学 大学院生命科学研究科 超回路脳機能分野
                  大学院生 陳俊宇
* 責任著者: 東北大学 大学院生命科学研究科 超回路脳機能分野
                    助教 生駒 葉子
                    教授 松井 広
研究室: http://www.ims.med.tohoku.ac.jp/matsui/
掲載誌: iScience
DOI: https://doi.org/10.1016/j.isci.2026.117413
 
 
 
 
関連リンク
 
 
【問い合わせ先】
(研究に関すること)
 東北大学大学院生命科学研究科
 教授 松井 広(まつい こう)
 TEL: 022-217-6209
 Email: matsui@tohoku.ac.jp
 
(報道に関すること)
 東北大学大学院生命科学研究科広報室
 高橋 さやか(たかはし さやか)
 TEL: 022-217-6193
 Email: lifsci-pr@grp.tohoku.ac.jp
 
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