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新規環境への適応の鍵は『甲状腺機能低下』にあり

新規環境への適応の鍵は『甲状腺機能低下』にあり

2010.11.01 16:06

生態システム生命科学専攻 生物多様性進化分野

北野 潤

生物多様性の喪失は現在急速に進んでおり、多様性の進化維持機構を解明することは世界的な課題である。生物多様性の創出は多くの場合、新規環境に生き物が侵出することによって始まるが、生物が新規環境へどのように適応して行くのか、その過程については多くが未解明である。

北野潤助教らは、基礎代謝に重要なホルモンである甲状腺ホルモンに着目し、トゲウオ科魚類のイトヨを用いた研究によって、甲状腺ホルモンの機能低下が河川環境への侵出に重要であることを発見し、その原因となる遺伝基盤の一部を解明した。北野助教らの研究成果は、生物が多様な環境へ侵出し適応していく過程においてホルモン機能の進化が重要であることを明確に示したと同時に、その遺伝基盤にも迫った研究成果として高く評価され、米科学誌カレントバイオロジー(Current Biology)に11月18日付けでオンライン発表された。

トゲウオ科魚類のイトヨは、この200万年の間に、祖先型である海のイトヨが様々な淡水域へ侵出することによって、急速な多様化を遂げた魚として進化生物学の分野で注目されている。北野助教らの研究グループは、この多様化の過程で起こるホルモンの進化について、生態学、行動学、生理学、ゲノミックスなどの多様な手法を導入して研究を続けてきた。このたび、河川のイトヨが、代謝調節に重要な甲状腺ホルモンや甲状腺刺激ホルモンの量を低下させたこと、代謝活性や活動活性を低下させたことを発見するとともに、甲状腺刺激ホルモン量の低下がゲノム上の遺伝子調節領域の遺伝的変異に由来することを突き止めた。淡水の河川に生息するイトヨは、海のイトヨのように外洋を回遊する必要がない上に、海と比べて河川には餌資源や溶存酸素濃度も低いことが多く、代謝活性や運動活性を下げることが有利であるのではないかと北野助教らは考えている。

この研究を主導した北野助教によると、「生物多様性は、祖先種が多様な環境へ侵出することで進化してきたが、この過程でホルモン機能の進化が重要な鍵となることが今回の研究で明らかになった。他の生物でも、ホルモン機能の集団間、個体間差が、異なる環境への適応に重要な役割を果たしているかもしれない。今後も、甲状腺ホルモンに限らず、他のホルモンがどのように変化しながら生物が多様性を獲得して行ったのか、適応進化の機構の全貌を解明したい」。

この研究は、東北大学生命科学研究科、学術振興機構さきがけ、東京大学大気海洋研究所、岐阜経済大学、ノースウェスト水産研究所(米国)、フレッドハッチンソン癌研究所(米国)、ノースキャロライナ大学(米国)の共同研究として行われた成果である。

左は海に生息するイトヨ、右は河川に生息するイトヨ(日本の中部地区ではハリヨと呼ばれる)(ともに森誠一撮影)

 

海のイトヨは血中の甲状腺刺激ホルモンと甲状腺ホルモンの量、代謝活性、運動活性などが高い(赤矢印)。河川に侵出したイトヨでは、これらの機能が低下している(点線)。

本研究成果はカレントバイオロジー電子版に掲載されました (http://www.cell.com/current-biology/)。

Kitano, J., Lema, S.C., Luckenbach, J.A., Mori, S., Kawagishi, Y.,
Kusakabe, M., Swanson, P., and Peichel, C.L. (2010). Adaptive divergence
in the thyroid hormone signaling pathway in the stickleback radiation.
Current Biology doi:10.1016/j.cub.2010.10.050

本研究成果は、11月19日付け河北新報朝刊でも紹介されました。
http://www.kahoku.co.jp/news/2010/11/20101119t15019.htm