東北大学 大学院生命科学研究科 東北大学 大学院生命科学研究科からのお知らせを掲載しています。 https://www.lifesci.tohoku.ac.jp/ 東北大学 大学院生命科学研究科 イネ科植物が太陽紫外線の下で生き抜くために独自に獲得した仕組みを解明 2024-02-27T11:00:00+09:00 【発表のポイント】 植物にとって、太陽紫外線UV-B(注1)によるDNA損傷(シクロブタン型ピリミジン二量体:CPD)を修復する機能をもつCPD光回復酵素(注2)は必須のタンパク質です。 イネは、CPD光回復酵素のN末端領域の7番目のセリンのリン酸化状態を制御することにより、同酵素を葉緑体に輸送していることを発見しました。 維管束植物(注3)のうちイネ科植物のみが、CPD光回復酵素を葉緑体に輸送してDNA修復を行う仕組みを、太陽紫外線の下で生き抜くための適応戦略の一つとして獲得したことを明らかにしました。 【概要】  植物は、太陽光に含まれる紫外線B(UV-B)による障害を、様々な仕組みで修復しながら生きています。CPD光回復酵素は、UV-Bによる障害の中でも、植物の生育に最も悪影響を及ぼすDNA損傷を修復するタンパク質です。  東北大学大学院生命科学研究科の大竹桃大学院生(学際高等研究教育院 博士教育院生)、日出間純准教授らの研究グループは、イネのCPD光回復酵素はN末端領域7番目セリンのリン酸化状態を制御することで、葉緑体への輸送を調節していることを明らかにしました。さらに、維管束植物の中ではイネ科植物のみが、CPD光回復酵素を葉緑体に輸送してDNA修復を行う仕組みを有していました。これらの結果から、進化の過程でイネ科植物が、太陽光の下で生存するために、CPD光回復酵素を葉緑体に輸送する仕組みを適応戦略の一つとして独自に獲得したことが示唆されました。  本研究成果は、各細胞小器官へのタンパク質輸送の新たな仕組みを解明すると同時に、様々な光環境下で生育する植物における、UV-B防御・生存適応戦略の仕組みの新たな理解をもたらすものです。  本研究成果は、2024年2月12日に植物生理学の専門誌 Plant Physiology に掲載されました。また、本論文は、Plant Physiology の News and Views にも取り上げられ紹介されました。       図1. CPD光回復酵素の各小器官への輸送の仕組み 赤線:疎水性アミノ酸の多いN末端領域、P:リン酸化   【用語説明】 注1.    紫外線B(ultraviolet-B: UV-B) 太陽光の一部であり、280-315 nm の波長の光。UV-Bの大半はオゾン層に吸収されるが、一部は地上に届く。一般的に短波長の光ほど生体への影響が強く、UV-BによるDNA損傷の蓄積は、ヒトでは皮膚がん、植物では生育障害の主な原因となる。   注2.    CPD光回復酵素 紫外線によって誘発されるDNA損傷の1つであるシクロブタン型ピリミジン二量体(CPD)を特異的に修復する酵素である。この酵素は有胎盤哺乳類を除くすべての生物が保有する酵素であり、青色光を利用して修復する。紫外線を含む太陽光の下で生きる植物にとって、重要な酵素である。   注3.    維管束植物 通道組織である維管束をもつ植物の総称。種子植物やシダ植物が含まれ、高等植物とも呼ばれる。     【論文情報】 Momo Otake, Mika Teranishi, Chiharu Komatsu, Mamoru Hara, Kaoru Okamoto Yoshiyama, Jun Hidema* (2024) Poaceae plants transfer cyclobutane pyrimidine dimer photolyase to chloroplasts for ultraviolet-B resistance. Plant Physiology. DOI:10.1093/plphys/kiae060 URL:https://doi.org/10.1093/plphys/kiae060   【紹介記事】 Plant Physiology News and Views:https://doi.org/10.1093/plphys/kiae094   詳細(プレスリリース本文)   【関連リンク】 東北大学     【問い合わせ先】 (研究に関すること) 東北大学大学院生命科学研究科 准教授 日出間純 TEL: 022-217-5690 Email: jun.hidema.e8(at)tohoku.ac.jp   (報道に関すること) 東北大学大学院生命科学研究科広報室 高橋さやか TEL: 022-217-6193 Email: lifsci-pr(at)grp.tohoku.ac.jp   東北大学は持続可能な開発目標(SDGs)を支援しています         https://www.lifesci.tohoku.ac.jp/ インダゾールとカルボン酸の直接アミド化反応 〜シンプルかつ実用的な合成法〜 2024-02-20T11:00:00+09:00 【発表のポイント】 インダゾールは医薬品の構造に含まれる重要な化学構造です。 アミドは生体分子や天然物、医薬品などの構造中に普遍的に存在する極めて重要な化学結合です。 独自に開発した反応条件を用いて、インダゾールとカルボン酸のアミド化反応をワンポットで実現しました。 本手法は、反応性の低い基質同士をシンプルな方法で繋ぐ強力な手法であり、創薬化学研究の発展に大きく貢献すると期待できます。 【概要】  アミドは、生体分子や天然有機化合物、医薬品などの構造中に普遍的に存在する極めて重要な化学結合です。そのためアミド結合形成のための方法はこれまで数多く開発されてきました。しかしインダゾールとカルボン酸とのワンポット縮合反応による直接的なアミド結合形成反応(注1)はこれまで報告例がありませんでした。この反応で合成できる生成物の中には、医薬品候補として期待されている有用な化合物群が知られています。そのため、インダゾールとカルボン酸を用いた直接的なアミド形成反応の新技術の開発が求められています。  東北大学大学院生命科学研究科の梅原厚志助教と佐々木誠教授はこれまで、反応性の低い窒素求核剤とカルボン酸をワンポットで簡便に結合させる新規のアミド結合形成反応(DMAPO/Boc2O反応条件)(注2)を独自に開発してきました(参考文献1)。今回、この方法を応用して、インダゾールとカルボン酸の化学選択的ワンポットアミド形成反応を実現しました。この成果は、インダゾールとカルボン酸を簡便かつシンプルにつなぐことができる強力な方法を提供するものであり、創薬化学研究の貢献に大きく期待できます。  本研究成果は、2024年2月14日付で有機化学の専門誌European Journal of Organic Chemistryにオンライン掲載されました。       注1.    カルボン酸のワンポットアミド形成反応: ワンポットとは、複数の反応を一つの反応容器で行うこと。効率性の観点から望ましい方法である。カルボン酸とアミンからワンポットでアミド結合を形成するには、カルボジイミドやウロニウム系の強力な縮合剤を用いるのが定法である。 注2.    DMAPO/Boc2O反応条件: DMAPO = 4-ジメチルアミノピリジンN-オキシド、Boc2O = 二炭酸ジ-tert-ブチルの略。反応性の低い窒素求核剤とカルボン酸をone-potで簡便に結合させる新規のアミド結合形成反応である。本反応は、反応性の低い求核剤の求核的な活性化とカルボン酸の求電子的な活性化を一つのフラスコ内で同時に効率よく行っている。   【参考文献】 1. 2023年2月7日付東北大学プレスリリース 2023年2月7日 『反応性の低い窒素求核剤とカルボン酸の高効率化学選択的one-pot縮合反応の開発 〜創薬化学研究に貢献する新たな一手〜』   Atsushi Umehara,* Soma Shimizu, Makoto Sasaki. (2023) DMAPO/Boc2O-Mediated One-Pot Direct N-Acylation of Less Nucleophilic N-Heterocycles with Carboxylic Acids. ChemCatChem 15, e202201596. DOI:10.1002/cctc.202201596     【論文情報】 Atsushi Umehara,* Soma Shimizu, Makoto Sasak (2024) DMAPO/Boc2O-Mediated One-Pot Direct N1-Acylation of Indazole with Carboxylic Acids: A Practical Synthesis of N1-Functionalized Alkyl Indazoles. European Journal of Organic Chemistry. DOI:10.1002/ejoc.202400123 URL: https://doi.org/10.1002/ejoc.202400123   詳細(プレスリリース本文)   【問い合わせ先】 (研究に関すること) 東北大学生命科学研究科 助教 梅原 厚志(うめはら あつし) TEL: 022-217-6214 Email: atsushi.umehara.e3@tohoku.ac.jp http://sasaki-umehara-lab.moon.bindcloud.jp/   (報道に関すること) 東北大学大学院生命科学研究科広報室 高橋 さやか(たかはし さやか) TEL: 022-217-6193 Email: lifsci-pr@grp.tohoku.ac.jp   東北大学は持続可能な開発目標(SDGs)を支援しています https://www.lifesci.tohoku.ac.jp/ 説明のつかない不安感の正体 手綱核アストロサイトによる神経活動制御の解明 2024-02-14T11:00:00+09:00 【発表のポイント】 手綱核(注1)という脳内の神経核は、ほとんどすべての脊椎動物に見られる古い脳構造で、意欲や認知機能において重要な役割を担っています。 ガラス玉が敷き詰められた不安な環境にマウスを置くと、手綱核のアストロサイト(注2)内の脳内環境が変動することを光計測(注3)を使って示しました。 この手綱核アストロサイトの活動を光を使って操作(注4)すると、不安レベルが調整されることを示しました。 本研究により、手綱核アストロサイトの活動が、不安の程度を左右することが示され、不安障害(注5)の新たな治療戦略が示唆されました。 【概要】  私たちは、えも言われぬ不安感に襲われることがあります。これは潜在的な危険を無意識に察した結果と言えます。したがって、適度な不安は生存に有利ですが、不安が過剰になると適応障害にもつながります。  東北大学大学院生命科学研究科の譚婉琴(たんえんきん)大学院生(学際高等研究教育院 博士教育院生)、松井広(こう)教授らのグループは、実験動物のマウスを用いて、脳の手綱(たづな)核のアストロサイトが不安の程度を左右することを発見しました。ガラス玉(マーブル)を床一面に敷き詰めた環境に置かれたマウスは不安(ブルー)になります。このような不安環境(注6)のもとでは、手綱核でシータ波(注7)の神経活動が生じ、アストロサイトの細胞内pHは酸性化することが分かりました。そこで、手綱核アストロサイトのpHを人為的にアルカリ化に光操作すると、シータ波の神経活動が弱まり、マウスの不安レベルも緩和されました。手綱核アストロサイトの活動制御が不安障害の新たな治療戦略となることが期待されます。  本研究成果は2024年2月10日付で著者校正版が神経科学の専門誌 Neuroscience Research 誌に掲載されました。   図1. マーブル・ブルーの不安感。これまで見たことのないガラス玉(マーブル)は、マウスを不安(ブルー)にさせます。マーブル覆い隠しテストでは、いくつのマーブルを床敷きの中に隠すかを調べますが、抗不安薬を投与すると隠す数が減ることが知られています。ところが、床一面にマーブルを敷き詰めると、マーブルを隠しようもなくなるので、マウスは強い不安感に襲われると考えられます。この時の手綱核を調べると、シータ帯域の神経活動が誘発されていました。そこで、光刺激によって手綱核のアストロサイトをアルカリ化してみると、シータ帯域神経活動が減弱しました。手綱核アストロサイトの活動は、不安の程度を左右する役割があることが示唆されました。 ※図示のマウスは写真ではなく絵であり、研究状況のイメージになります。   注1.    手綱核: 手綱核とは、脳の中心部に位置し、前脳からの入力を受けて脳幹に情報を伝達する中継核です。外側手綱核(LHb)からは、吻側内側被蓋核(RMTg)に神経投射があることが知られています。RMTgには、抑制性GABA作動性の神経細胞が多くあり、ドーパミン神経細胞のある腹側被蓋野(VTA)とセロトニン神経細胞のある縫線核(RN)を抑制します。したがって、外側手綱核の神経活動が上がると、VTAとRNの神経活動が抑制され、ドーパミン神経系とセロトニン神経系の両方の活動が下がり、不安様行動につながる可能性が考えられています。手綱核は、逃避不能な足や尻尾へのショック、母性剥奪、社会的敗北ストレスなど、様々な負の情動刺激によって活性化されます。近年は、うつ病の責任病巣としても注目を浴びており、抗うつ薬の作用機序としても、手綱核での作用が重要な役割を果たしていることが示唆されています。 注2.    アストロサイト: 脳を構成する細胞の種類で、神経細胞とは異なるものは総じてグリア細胞と呼ばれます。従来、グリア細胞は、脳の隙間を埋めるノリのような存在と考えられてきましたが、グリア細胞には脳内のエネルギー代謝やイオン環境を制御する機能があることが示されてきました。特に、アストロサイトは、グリア細胞の中で一番多く存在し、脳内の血管と神経細胞の両方に突起を伸ばしていることがあることが知られています。アストロサイトは、神経細胞とは異なる方法で、脳内情報処理に関わることも明らかにされてきており、脳と心の機能におけるアストロサイトの役割に大きな注目が集まってきています。 注3.    光計測: 脳深部に光ファイバーを刺し入れて、蛍光信号を計測する方法をファイバーフォトメトリー法と呼びます。本研究では、細胞内のCa2+やpHに応じて、蛍光特性が変化する蛍光センサータンパク質を、脳内アストロサイトに人工的に遺伝子発現させたマウスを用いました。なお、当研究室では、細胞内Ca2+をセンス(検出)するように設計された蛍光センサータンパク質でもpHの影響を受け、局所血流量の変動はあらゆる蛍光に影響を与えることを示してきました。本研究では、これらの影響を選り分ける工夫が施された新手法が用いられています。また、今回、新たに、アルブミンとmScarlet蛍光タンパク質を融合させた分子を肝臓で発現させ、これを血液中に循環させる仕組みを使い、局所血流量を直接計測する方法も用いました。複数の指標を組み合わせ、最大4波長の蛍光を計測する方法を開発しました。 注4.    光操作:光に応じて細胞の状態や機能を変化させるタンパク質を、特定の細胞に遺伝子発現させることにより、光照射で細胞の活動を制御する技術のことを光操作法と呼びます。また、この技術は、光遺伝学またはオプトジェネティクスとも呼ばれます。本研究では、古細菌に発現する光感受性のアーキロドプシンタンパク質(ArchT)を、アストロサイトに特異的に発現させた遺伝子改変マウスを用いました。ArchTは、光により活性化すると、細胞内から細胞外にH+イオンを排出するため、細胞内は、過分極するとともにアルカリ化します。 注5.    不安障害: さまざまな原因により、強い不安や緊張感によって生活に支障が出てしまう状態の総称です。主な不安障害には、全般性不安障害、社会不安障害、強迫性障害とパニック障害があります。 注6.    不安環境: ヒトやマウスなどの動物が、潜在的な危険を感じる環境のことを不安環境と呼びます。例えば、ヒトにとっては、暗い屋外や高い場所などが不安環境に相当します。なお、足への電気刺激(フットショック)などが与えられる環境は、実際の脅威となるので、フットショックが与えられたことのある環境に対して生まれる感情は、「恐怖」と定義されます。一方、高所などは、それ自体では脅威とはなっておらず、潜在的な危険に過ぎないので、潜在的な危険に対して生まれる感情は「不安」と考えられており、「恐怖」とは区別されています。 注7.    シータ波: 多くの脳神経細胞の電気的な活動が電極まで伝わって記録されるものを脳波、もしくは、局所フィールド電位と呼びます。脳波の周波数を解析することで、睡眠や覚醒、てんかん等の脳病態等に相関するいくつかの脳状態を高精度に測定し、診断をすることができることが知られています。今回、手綱核に挿入した電極から記録される局所フィールド電位の波形に含まれる5 – 10 Hzの周波数成分に注目しました。この周波数成分はシータ波(一般的には、4 – 8 Hz程度と定義されています)と呼ばれます。この他、デルタ波(0.5 – 4 Hz)など、いくつかの周波数帯域での振動活動が観察され、それぞれ異なった生理学的な意義を有すると考えられています。   【論文情報】 Wanqin Tan, Yoko Ikoma, Yusuke Takahashi, Ayumu Konno, Hirokazu Hirai, Hajime Hirase, Ko Matsui* (2024) Anxiety control by astrocytes in the lateral habenula. Neuroscience Research DOI:doi.org/10.1016/j.neures.2024.01.006 URL: https://doi.org/10.1016/j.neures.2024.01.006   【研究者情報】 東北大学大学院生命科学研究科 教授 松井 広 研究者    https://researchmap.jp/komatsui/ 研究室    http://www.ims.med.tohoku.ac.jp/matsui/   詳細(プレスリリース本文)   【関連リンク】 東北大学     【問い合わせ先】 (研究に関すること)  東北大学大学院生命科学研究科  教授 松井 広(まつい こう)  TEL: 022-217-6209  Email: matsui(at)med.tohoku.ac.jp   (報道に関すること)  東北大学大学院生命科学研究科広報室  高橋 さやか(たかはし さやか)  TEL: 022-217-6193  Email: lifsci-pr(at)grp.tohoku.ac.jp     東北大学は持続可能な開発目標(SDGs)を支援しています https://www.lifesci.tohoku.ac.jp/ ヌタウナギが明らかにする脊椎動物のゲノム進化 -脊椎動物進化の大イベント「全ゲノム重複」の時期を特定- 2024-01-29T14:00:00+09:00 概要  理化学研究所(理研)開拓研究本部倉谷形態進化研究室のフアン・パスクアル・アナヤ客員研究員、生命機能科学研究センター形態進化研究チームの上坂将弘客員研究員(東北大学大学院生命科学研究科助教)、倉谷滋チームリーダー(開拓研究本部倉谷形態進化研究室主任研究員)ら、7カ国40人以上から成る国際共同研究グループは、顎(あご)のない脊椎動物である円口類[1]の一種、ヌタウナギ[2]のゲノムを初めて解読し、脊椎動物の進化で生じた2回の全ゲノム重複[3]のタイミングを突き止めました。  本研究成果から、われわれヒトを含む脊椎動物がどのように進化してきたのか、その理解がさらに深まることが期待できます。  現生の脊椎動物は、ヒトなど顎を持つ顎口類(がっこうるい)と、ヌタウナギなど顎を持たない円口類に大別されます。両者はいずれも、祖先種のゲノム全体が重複し遺伝子が倍加する「全ゲノム重複」を複数回経て進化したと考えられています。  今回、国際共同研究グループは、日本近海に生息するヌタウナギのゲノムを詳細に決定し、脊椎動物のゲノム進化をより正確に解析しました。その結果、最初の全ゲノム重複が約5億3千万年前の初期カンブリア紀に、2回目の重複が、顎口類が円口類と分岐した後の約4億9千万年前に顎口類の共通祖先で起きたことが示されました。また、円口類では約5億年前にゲノムの3倍化が生じたことも明らかになりました。さらに、顎口類と円口類で起きたゲノム重複による進化への影響を調べたところ、顎口類ではゲノム重複が形態の多様性をもたらした可能性があるのに対し、円口類では、顎口類のような著しい形態の多様化は見られませんでした。これは、全ゲノム重複の形態進化への影響が予想以上に複雑であることを示唆する重要な知見です。  本研究は、科学雑誌『Nature Ecology & Evolution』オンライン版(1月12日付)に掲載されました。    ヌタウナギ(左)と脊椎動物進化における全ゲノム重複のタイミング(右)   【補足説明】 [1] 円口類 現在生存している顎のない脊椎動物であるヌタウナギ類、ヤツメウナギ類の総称。特にヤツメウナギの口器が吸盤状になっているため「円口類(Cyclostomata)」と命名された。   [2] ヌタウナギ 円口類に属する顎のない脊椎動物の一群。細長い体型のため「ウナギ」と呼ばれるが、真骨魚ウナギ目の仲間ではない。脊椎骨が退化しているため、かつては脊椎動物の前段階の動物と見なされていた。ほとんどの種が深海に生息するため、生態や個体発生に謎が多いが、理研形態進化研究グループは、日本産の浅海性ヌタウナギ(Eptatretus burgeri)から世界で唯一、実験室内での胚の取得に成功している。眼は退化しており、粘液腺から粘液を放出し、捕食や防御に用いる。   [3] 全ゲノム重複 生物が持つ全遺伝情報であるゲノムが、そのまま倍化する現象。ゲノムにコードされている遺伝子も全て倍化し、新しい機能を持った遺伝子が生じる余地が生まれるため、生物進化の大きな駆動力になると考えられている。   【論文情報】 Daqi Yu, Yandong Ren, Masahiro Uesaka, Alan J. S. Beavan, Matthieu Muffato, Jieyu Shen, Yongxin Li, Iori Sato, Wenting Wan, James W. Clark, Joseph N. Keating, Emily M. Carlisle, Richard P. Dearden, Sam Giles, Emma Randle, Robert S. Sansom, Roberto Feuda, James F. Fleming, Fumiaki Sugahara, Carla Cummins, Mateus Patricio, Wasiu Akanni, Salvatore D’Aniello, Cristiano Bertolucci, Naoki Irie, Cantas Alev, Guojun Sheng, Alex de Mendoza, Ignacio Maeso, Manuel Irimia, Bastian Fromm, Kevin J. Peterson, Sabyasachi Das, Masayuki Hirano, Jonathan P. Rast, Max D. Cooper, Jordi Paps, Davide Pisani, Shigeru Kuratani, Fergal J. Martin, Wen Wang, Philip C. J. Donoghue, Yong E. Zhang & Juan Pascual-Anaya (2024) Hagfish genome elucidates vertebrate whole-genome duplication events and their evolutionary consequences. Nature Ecology & Evolution DOI : 10.1038/s41559-023-02299-z     詳細(プレスリリース本文)       【関連リンク】 東北大学 東北大学大学院理学研究科 理化学研究所     【問い合わせ先】 (研究に関すること) 東北大学大学院生命科学研究科 助教 上坂将弘 TEL: 022-795-6677 Email: masahiro.uesaka.d5(at)tohoku.ac.jp   (報道に関すること) 東北大学大学院生命科学研究科広報室 高橋さやか TEL: 022-217-6193 Email: lifsci-pr(at)grp.tohoku.ac.jp   東北大学は持続可能な開発目標 (SDGs)を支援しています   https://www.lifesci.tohoku.ac.jp/ 別経路で二度来訪していた絶滅危惧植物 ―世界遺産地域における生物多様性の成立過程― 2024-01-26T14:00:00+09:00 概要  タイワンホトトギス(ユリ科)は園芸的にも親しまれている丈夫な植物ですが、日本では西表島と沖縄本島のごく限られた地域にのみに野生する絶滅危惧種です。京都大学大学院農学研究科 恒成花織 修士課程学生(研究当時、現 日本放送協会)、芝林真友 博士課程学生(研究当時)、井鷺裕司 教授、遠藤千晴 研究員、京都大学大学院人間・環境学研究科 瀬戸口浩彰 教授らのグループが、琉球大学 内貴章世 准教授、横田昌嗣 教授(研究当時、現 名誉教授)、沖縄美ら島財団総合研究所 阿部篤志 室長、東北大学 牧野能士 教授、陶山佳久 教授、伊東拓朗 助教、松尾歩 学術研究員、国立台湾大学Kuo-Fang Chung 教授と共に、台湾と日本の集団を対象に比較解析を行ったところ、タイワンホトトギスは、台湾から西表島、沖縄本島へと飛び石状に分布拡大したのではなく、台湾の2つの系統から、それぞれ個別に、西表島と沖縄本島へと渡来したことがわかりました。本種は、西表島では森林内で滝飛沫がかかる場所のみに生育していますが、暗い環境に適応した光合成特性やゲノム内の有害変異の蓄積から、本質的に脆弱であることがわかりました。また、沖縄本島では森林内の渓流沿いや日当たりの良い用水路沿いに頑強な集団が生育しており、人為的な持ち込みが疑われてきましたが、自然分布であることが判明しました。世界自然遺産にも指定されている「奄美大島、徳之島、沖縄県北部及び西表島」は、日本の中でもとりわけ生物多様性の高い地域となっていますが、本研究は、この地域の生物多様性の形成過程の理解や適切かつ効果的な保全戦略の策定に寄与するものです。本成果は2024年1月10日に国際学術誌「Scientific Reports」にオンライン掲載されました。   (原図:恒成花織) 図. 日本では西表島と沖縄本島のみに野生するタイワンホトトギスの系統的類縁性。点線矢印の経路で日本に移入したと考えられる。   【論文情報】 Kaori Tsunenari, Takuro Ito, Masatsugu Yokota, Mayu Shibabayashi, Chiharu Endo, Kuo-Fang Chung, Yoshihisa Suyama, Ayumi Matsuo, Atsushi Abe, Akiyo Naiki, Hiroaki Setoguchi, Takashi Makino, Yuji Isagi. (2024) Double migration of the endangered Tricyrtis formosana (Liliaceae) in Japan.  Scientific Reports 14:957 DOI:https://doi.org/10.1038/s41598-024-51431-x   詳細(プレスリリース本文)   【関連リンク】 東北大学 東北大学大学院理学研究科 東北大学大学院農学研究科 京都大学 琉球大学   【問い合わせ先】 (報道に関すること) 東北大学 大学院生命科学研究科 広報室 TEL :022-217-6193 E-mail :lifsci-pr@grp.tohoku.ac.jp     https://www.lifesci.tohoku.ac.jp/ 管を支える細胞骨格の作り方 -管構造に応答し自己組織化するナノクラスターの発見- 2024-01-25T10:00:00+09:00 概要  理化学研究所(理研)生命機能科学研究センター形態形成シグナル研究チームの関根清薫学振特別研究員RPD(研究当時、現東北大学大学院生命科学研究科助教)、林茂生チームリーダー、フィジカルバイオロジー研究チームの多羅間充輔基礎科学特別研究員(研究当時)、柴田達夫チームリーダーらの研究チームは、生物の管状組織を支えるリング状の細胞骨格[1]が作り出される仕組みを解明しました。  本研究成果は、気管[2]や血管などの管状組織がいかに形作られるかという生物共通の謎の解明に貢献し、人工血管作製などへの医療応用が期待されます。  研究チームは、ショウジョウバエ胚[3]に直径数マイクロメートルの気管が形成される際、リング状の細胞骨格が等間隔に並ぶ蛇腹に似た細胞骨格パターンが現れることに注目しました。最先端の顕微鏡でその過程を観察したところ、細胞骨格を構成するアクチン[4]が、ナノスケールの集合体(ナノクラスター)を形成し、それらが融合することでパターンが作られることを発見しました。この過程に必要な分子を特定し、それらの性質を反映させたシミュレーションをコンピューターで行ったところ、細胞骨格パターン形成の全ての過程を再現できました。これらの発見から、管状組織を支える細胞骨格は、ナノクラスターの自発的な動きから生み出される(自己組織化[5])という結論に至りました。これは、生体内に見られるさまざまな太さの管状組織形成に柔軟に対応できるシンプルかつ優れた仕組みであると考えられます。  本研究は、科学雑誌『Nature Communications』オンライン版(1月24日付:日本時間1月24日)に掲載されました。     ショウジョウバエの気管の細胞骨格が形成される過程の高解像顕微鏡観察とシミュレーション     【補足説明】 [1] 細胞骨格 細胞質内に張り巡らされたタンパク質繊維のネットワークで、細胞を内部から支える分子。さまざまなパターンのネットワークを形成することで細胞の形の維持や変形、細胞運動、細胞分裂、細胞内輸送など多くの動的なプロセスに関わっている。   [2] 気管 昆虫など陸上節足動物におけるガス交換の器官。体の隅々まで酸素を供給するためさまざまな太さで枝分かれした管状組織が体中に張り巡らされている。   [3] ショウジョウバエ胚 遺伝学の発達した実験動物ショウジョウバエの、発生の初期段階。受精卵から幼虫になるまで約1日かかり、透明で動かないため顕微鏡観察に向いている。長さ約0.5mm。   [4] アクチン 重合して繊維状の構造を作るタンパク質。単量体をG-アクチン、重合体をF-アクチンと区別して呼ぶ場合がある。細胞骨格として機能するともに、運動、収縮をつかさどる。アクチン同士が重合、または脱重合することにより、細胞の形態や運動が制御される。   [5] 自己組織化 秩序や構造が、構成要素の相互作用によって自発的にでき上がること。   【論文情報】 Sayaka Sekine, Mitsusuke Tarama, Housei Wada, Mustafa M Sami, Tatsuo Shibata, and Shigeo Hayashi (2024) Emergence of periodic circumferential actin cables from the anisotropic fusion of actin nanoclusters during tubulogenesis. Nature Communications DOI:10.1038/s41467-023-44684-z     詳細(プレスリリース本文)     【関連リンク】 東北大学 理化学研究所   【問い合わせ先】 (研究に関すること) 東北大学大学院生命科学研究科 助教 関根 清薫(せきね さやか) TEL: 022-795-6701 Email: sayaka.sekine.d7@tohoku.ac.jp   (報道に関すること) 東北大学大学院生命科学研究科広報室 高橋 さやか(たかはし さやか) TEL: 022-217-6193 Email: lifsci-pr@grp.tohoku.ac.jp   東北大学は持続可能な開発目標 (SDGs)を支援しています   https://www.lifesci.tohoku.ac.jp/ 植物リボソームの栄養濃度の感知機構を解明 ――栄養条件に応じた生育促進の巧みな仕組み―― 2024-01-25T10:00:00+09:00 発表のポイント タンパク質の合成過程(翻訳)での植物の無機栄養の感知とそれに伴うタンパク質合成過程の変化が分子レベルで解明されました。これまで知られていなかった80Sリボソーム複合体がmRNA上を滑って移動するプロセスが翻訳制御に重要であることが明らかになりました。 翻訳を通じた植物の無機栄養の欠乏に対する反応の分子機構が初めて明らかにされました。  この翻訳制御は植物の栄養吸収を担う遺伝子を栄養条件に応じて厳密に発現させるために不可欠な仕組みであり、この仕組みを人為的に変化させることによって、植物の栄養吸収能力を高めたり、栄養をあまり必要としない作物の開発につながる可能性があります。   今回明らかになったホウ素濃度に応じたリボソームの挙動の模式図   発表内容  東京大学大学院農学生命科学研究科の藤原 徹教授、理化学研究所生命機能科学研究センター伊藤 拓宏チームリーダー、および理化学研究所開拓研究本部 岩崎 信太郎主任研究員、東北大学大学院生命科学研究科 横山 武司助教らの共同研究グループは、構造学的、生化学的解析から、AUG-stop配列を介した植物のホウ素に応答した翻訳開始制御の新しい仕組みを明らかにしました。この仕組みを通じて植物は土壌からの栄養の吸収を制御し、正常な生育を維持しています。  植物の成長や作物生産には土壌の栄養が不可欠ですが、土壌の栄養濃度は植物にとって適切とは限りません。不適切な栄養条件に置かれた植物は不足する栄養をより良く吸収するために、栄養の輸送体の蓄積量を増加させたりします。植物が輸送体の蓄積量を栄養条件に応じて増やすためには、栄養条件を感知する必要があります。これまでの著者らの研究で植物の栄養素の一つホウ素を吸収するための輸送体の蓄積を増やすために、植物は細胞質のホウ素濃度を感知して、特定のタンパク質の合成量を変化させることがわかっていましたが、ホウ素がどのように感知されるのかについては分かっていませんでした。今回、ホウ素を与えたリボソームの分子構造解析や生化学的な解析を通じて、ホウ素がリボソームの挙動を変化させ、それによって輸送体タンパク質の合成量を制御していることが明らかになりました。  研究グループではホウ素を土壌から吸収するのに働くホウ酸輸送体NIP5;1を2006年に見出しました。NIP5;1をコードするmRNAの蓄積は、環境中のホウ素濃度によって厳密に制御されていることを2011年に見出し、さらにこの制御にはNIP5;1の非翻訳領域に存在する開始コドンと終止コドンのみからなる、最小のuORF(AUG-UAA 以下AUG-stopと呼びます)が必要であること、細胞内のホウ素濃度が高くなるところの配列上でリボソーム(注1)  が停滞し、それに伴ってmRNAが分解することを2016年に明らかにしてきました(https://www.a.u-tokyo.ac.jp/topics/2016/20161020.html)。しかし、細胞質のホウ素濃度が高まることが、どのように翻訳過程に影響を及ぼすかについての分子メカニズムは明らかではありませんでした。   真核生物のリボソームは、40Sと60Sという2種類の大きさの異なるサブユニットから構成されています。リボソームのタンパク質合成は翻訳開始、伸長、終結の3つの主要段階によって行われます。翻訳開始では、複数の翻訳開始因子が結合したmRNAの5'キャップ(注2)に、開始tRNA(注3)と結合した40Sサブユニットが結合し(48S複合体)、この複合体が5'キャップから下流に移動し、最初の開始コドン(AUG)を見つけ、60Sサブユニットをリクルートすることで、80S開始複合体を形成し、翻訳が始まります。その後、翻訳が進み、終結コドン(UAA, UAG, UGA)までたどり着くと、翻訳終結因子(eRF1, 注4))がリボソームに結合し、加水分解を引き起こして、ペプチドをtRNAから解離させます。その後、リボソームはmRNAから解離し、リサイクルされます。  真核生物では、5'キャップから開始コドンまでの領域は5'-非翻訳領域(5'-UTR)と呼ばれ、43S複合体が開始コドンを探して移動していきます。この領域ではしばしば短いORF(uORF)が存在し、翻訳される場合があります。uORFで翻訳が完結し、下流のORFは翻訳されない場合もありますが、uORFで翻訳が完結しても再びリボソームが下流へ移動し、次の開始コドンで翻訳を再開する場合があります。この現象はreinitiationと呼ばれ、60Sサブユニットのみが解離し、40サブユニットがmRNA上に残って、下流へ再び移動を始め、開始コドンに到達し、60Sサブユニットをリクルートして、翻訳を再開する仕組みと考えられています。また、uORF上でリボソームが配列や小分子化合物特異的に停滞し、翻訳が途中で止まることがあります。この場合、別の因子が停滞しているリボソームと結合し、mRNAの分解およびリボソームが解離します。  今回、私たちは、NIP5;1の非翻訳領域に存在するAUG-stop配列上で、ホウ素濃度依存的にリボソームがどのように停滞しているのかをクライオ電子顕微鏡(Cryo-EM, 注5)を用いた構造解析によって、また、AUG-stop上で停滞したリボソームが、どのように下流のORFの翻訳を再開しているのかを生化学的解析によって明らかにすることを目的としました。  まず、コムギ胚芽無細胞タンパク質合成系(注6)を用いて、タンパク質を合成させ、高ホウ素条件/ホウ素なし条件で、AUG-stop上で停滞しているリボソームを精製し、Cryo-EMを用いて、リボソームの立体構造の解析を行いました。その結果、リボソームには開始tRNAと翻訳終結因子であるeRF1が結合していることが分かりました(図1A)。eRF1は、ホウ素によってその構造が変化しており、ホウ素非存在下では、Cryo-EMの密度が弱く(図1B)、eRF1はリボソーム内で固定されず、動いている状態にあることがわかり、一方、ホウ素存在下では、eRF1が固定され、eRF1のGGQモチーフ(注7)と開始tRNAのCCA end(注8)が結合した状態で存在していることが明らかとなりました(図1C)。この状態は、ちょうど翻訳終結反応の過程の、ペプチドの加水分解が起こる状態と一致していました。このことから、ホウ素はeRF1を固定するために働いていることがわかりました。     図1:Cryo-EMによるAUG-stop上で停滞している80Sリボソームの立体構造。 (A) 80Sに開始tRNA(tRNAi)とeRF1が結合している。(B)(C)開始tRNAとeRF1だけを抽出している。ホウ素がない条件では、eRF1のCryo-EM密度が弱く、形がほとんど見えない(B)。高ホウ素条件では、eRF1がはっきりと見える(C)。色の変化は局所的な分解能を示し、より青い部分は分解能が高く、より赤い部分は分解能が低い。      次にAUG-stop上でリボソームが停滞した後、どのようにして下流のORFが翻訳されるのかを明らかにするため、AUG-stopからmain ORFまでの領域(inter ORF)のリボソームがどのような状態(80Sか40Sか)で存在しているのかを、検出することにしました。Ribo-seq(80S が結合している領域を検出する方法、注9)とTCP-seq(40Sが結合している領域を検出する方法、注10)を組み合わせて解析した結果、ホウ素非存在下において、inter ORFでは、それより上流域と比較すると、40Sの存在比が少なくなり(図2A)、逆に80Sが多く存在していることが分かりました(図2B)。80Sはinter ORFでは翻訳しておらず、移動しているだけであること、ORFに到達すると、翻訳が再開していることもわかりました。つまり、inter ORFでは、80Sが翻訳せず移動している、「80S sliding」が起こっていることがわかりました。これまで知られている60Sが解離し、40Sが再び下流へ移動する、reinitiationとは異なるシステムでした。また、80S slidingが起こることは知られていましたが、今回の結果は、80S slidingが発現制御機構に機能的に関与していることを示した初めての例となりました。     図2NIP5;1上のリボソームの挙動。 (A)ホウ素非存在下の時のTCP-seqによるそれぞれの領域での40Sの存在比を示す (B)Ribo-seqによるそれぞれの領域での80Sの存在比を示す。      さらに、生化学実験から、高濃度のホウ素が、開始tRNAのメチオニンの加水分解を促進する働きがあることが分かり、ホウ素がeRF1を固定することによって、ゆっくりと加水分解が進行し、翻訳終結が促されていることが推察されました。ゆっくりと進む加水分解が、見かけ上長くリボソームが停滞しているように見えたのだと考えられます。  これらの実験は、NIP5;1のホウ素依存的な翻訳発現制御のメカニズムを明らかにしただけでなく、80S slidingが機能的に起こっている、新しい翻訳開始制御を初めて明らかにしたものです(図3)。  このような精密な制御を通じて、植物は土壌からの栄養吸収を最適化していると考えられます。この制御を人為的にチューニングすることができれば、植物の栄養吸収や生育の改善につながる可能性が考えられます。無機栄養は食糧生産に不可欠ですが、肥料は有限な資源を使って製造されており、肥料の利用は環境にも悪影響を及ぼす側面があります。そのため、肥料をなるべく使わずに生産を維持する農業の実現が求められています。作物生産に肥料が必要な一つの原因は植物の栄養吸収能力に限界があるためです。タンパク質の合成は全ての生物に不可欠なプロセスですが、今回の発表は植物ではタンパク質の合成段階で無機栄養を感知して合成を制御することを明らかにするものです。今回の発見はこれまでに無い植物での栄養の感知とそれに基づいたタンパク質の合成量制御を人為的に改変し、より栄養欠乏に感度の高い作物の作出を通じて、肥料を減らしても食糧生産を維持する技術開発につながる可能性があります。   図3NIP5;1のホウ素依存的な翻訳開始制御機構の模式図。 AUG-UAA配列上で80Sが形成され、eRF1がA部位に結合する。高ホウ素条件ではeRF1がAサイトで安定化しており、これがtRNAと結合しメチオニンの解離を促し、終結反応が起こる。終結反応の間に、mRNAが分解され、翻訳終結後、リボソームが解離する。一方、ホウ素なし条件では、eRF1が不安定で、 メチオニンの解離が起こらず、翻訳終結が起きない。その後、80S slidingが起こり、下流のORFの開始コドンをみつけて、翻訳が再開される。     【論文情報】 Mayuki Tanaka, Takeshi Yokoyama, Hironori Saito, Madoka Nishimoto, Kengo Tsuda, Naoyuki Sotta, Hideki Shigematsu, Mikako Shirouzu, Shintaro  Iwasaki*, Takuhiro Ito*, and Toru Fujiwara* *責任著者 (2024) Boric acid intercepts 80S ribosome migration from AUG-stop by stabilizing eRF1. Nature chemical biology  DOI:    10.1038/s41589-023-01513-0 URL:    https://www.nature.com/articles/s41589-023-01513-0     【用語解説】 (注1) リボソーム mRNAの遺伝情報をタンパク質へ翻訳する装置。   (注2) 5'キャップ 真核生物のmRNAの5'末端にある化学的修飾構造。この構造上で翻訳開始複合体が形成される。   (注3) 開始tRNA  翻訳開始に必須なtRNAでメチオニンと結合した後40Sに結合する。   (注4)真核生物翻訳終結因子 1(eRF1) 翻訳の終結に必要な因子。終止コドンがリボソームにくるとeRF1-3複合体が終止コドンを認識し結合する。その後、eRF1が合成したペプチド鎖の解離を引き起こす。   (注5) クライオ電子顕微鏡 生体試料等を急速凍結し、凍結状態のまま、透過型電子線を用いて低温で観察する手法。生体試料を生理条件に近い環境で観察することができる。得られた2次元の粒子像から画像処理でその立体構造を再構成することができる。   (注6) コムギ胚芽無細胞タンパク質合成系 小麦の胚芽の抽出液を用いて、目的タンパク質の遺伝情報を持つmRNAを添加し、試験管内でタンパク質を合成する実験系。   (注7) GGQモチーフ eRF1が持つモチーフの一つ。リボソームのPeptidyl Transferase Centerと呼ばれる場所と相互作用することで、tRNA からのペプチド鎖の解離を引き起こす。   (注8) CCA end tRNA の3'末端の配列。アミノ酸を受容するのに必要であるが、その他、ペプチジル転移反応に必須な配列。   (注9) リボソームプロファイリング 80Sリボソームが結合する mRNA 配列を網羅的に同定する手法。   (注10) Translation complex profile (TCP-seq) 走査リボソーム(40Sなど)が結合する mRNA 配列を網羅的に同定する手法。     詳細(プレスリリース本文)     関連リンク 東北大学 東京大学農学部 理化学研究所     【問い合わせ先】 (研究に関すること) 東北大学大学院生命科学研究科 助教 横山 武司 TEL: 022-217-6206 Email: takeshi.yokoyama.d1(at)tohoku.ac.jp   (報道に関すること) 東北大学大学院生命科学研究科広報室 高橋さやか TEL: 022-217-6193 Email: lifsci-pr(at)grp.tohoku.ac.jp   東北大学は持続可能な開発目標 (SDGs) を支援しています https://www.lifesci.tohoku.ac.jp/ 炎症を司る分子STINGの活性化機構を完全解明 自己炎症性・神経変性疾患の新規治療戦略 2024-01-12T11:00:00+09:00 発表のポイント STING(注1)経路は、DNAウイルス感染から身体を守る自然免疫経路の1つです。そのSTINGのトランスゴルジネットワーク(TGN)(注2)における活性化分子機構を解明しました。 STINGがTGNでクラスター化すること、クラスター化がSTINGの活性化に必要なこと、クラスター化にパルミトイル脂質修飾(注3)とゴルジ体コレステロールが必要であることをまとめて明らかにしました。 炎症性疾患・神経変性疾患の発症機序の理解、および治療薬の開発につながる成果であり、医学・薬学分野への展開が期待できます。   概要    自然免疫は、先天的に備わっている、異物に対する応答機構です。STINGタンパク質は、ヘルペスウイルスなどのDNAウイルスの感染に応答して自然免疫応答、炎症を誘導します。それによってSTING経路はDNAウイルス感染から身体を守っていますが、その一方で、異常な活性化は自己免疫疾患、神経変性疾患、がんなど多様な疾患を引き起こします。これまで、東北大学大学院生命科学研究科の見目悠大学院生、髙橋花乃子大学院生、向井康治朗助教、田口友彦教授および、東海国立大学機構岐阜大学糖鎖生命コア研究所の鈴木健一教授(国立がん研究センター研究所先端バイオイメージング研究分野分野長 併任)らの共同研究グループは、STINGの活性にはパルミトイル化脂質修飾が必要であることを明らかにしてきました。  今回、STINGは、パルミトイル化脂質修飾を介してTGNのコレステロールを含む脂質マイクロドメインで平均20分子以上のクラスターを形成すること、およびSTINGのクラスター形成が自然免疫シグナルの活性化に必要であることが明らかにしました。本研究成果により細胞内コレステロールレベルを制御することがこれら疾患を治療する新しい手段となると期待されます。  本研究成果は2024年1月11日に科学誌Nature Communicationsに掲載されました。   図1. 本研究の概要 小胞体もしくはゴルジ体のシス側に局在するSTINGはクラスターを形成しておらず、TBK1は細胞質に局在しています。一方、TGNに移行したSTINGはパルミトイル化脂質修飾依存的に脂質ラフト上でクラスターを形成します。その結果、TBK1が安定的にSTING上に局在できるようになり、TBK1が活性化します。活性化したTBK1がSTINGなどをリン参加することで自然免疫シグナルを活性化します。     【用語説明】 注1.    STING Stimulator of interferon genesの略。小胞体に局在する4回膜貫通型タンパク質であり、細胞質DNAの出現に応答して自然免疫・炎症応答を惹起します。 注2.    トランスゴルジネットワーク(trans-Golgi network:TGN) ゴルジ体の最も外側に位置する槽(トランス槽)が成熟することによって形成される網目状の膜構造体。 注3.    パルミトイル化脂質修飾 タンパク質翻訳後修飾の一種。タンパク質のシステイン残基にパルミチン酸がチオエステル結合で結合します。   【論文情報】 Haruka Kemmoku, Kanoko Takahashi, Kojiro Mukai, Toshiki Mori, Koichiro M. Hirosawa, Fumika Kiku, Yasunori Uchida, Yoshihiko Kuchitsu, Yu Nishioka, Masaaki Sawa, Takuma Kishimoto, Kazuma Tanaka, Yasunari Yokota, Hiroyuki Arai, Kenichi G.N. Suzuki*, Tomohiko Taguchi* (2024) Single-molecule localization microscopy reveals STING clustering at the trans-Golgi network through palmitoylation-dependent accumulation of cholesterol. Nature Communications DOI : 10.1038/s41467-023-44317-5 URL : https://www.nature.com/articles/s41467-023-44317-5   詳細(プレスリリース本文)     関連リンク 東北大学 東北大学大学院理学研究科 岐阜大学 国立研究開発法人 国立がん研究センター       【問い合わせ先】 (研究に関すること) 東北大学大学院生命科学研究科 教授 田口友彦 TEL: 022-795-6676 Email: tomohiko.taguchi.b8(at)tohoku.ac.jp   (報道に関すること) 東北大学大学院生命科学研究科広報室 高橋さやか TEL: 022-217-6193 Email: lifsci-pr(at)grp.tohoku.ac.jp   https://www.lifesci.tohoku.ac.jp/ クラゲの触手はなぜ素早く再生できるのか?――常在する幹細胞と再生特異的な未分化細胞の協調―― 2023-12-22T10:00:00+09:00 発表のポイント クラゲの触手は切断後2-3日以内に機能的な再生を示しますが、その過程で損傷に応答して出現する再生特異的な増殖性の未分化細胞が再生芽を形成することを見出しました。 触手に常在する幹細胞は再生過程においても分化細胞系列を供給する一方で、再生特異的な未分化細胞は新しく形成される触手の上皮細胞へと分化することを明らかにしました。 再生特異的な未分化細胞はイモリなどの再生可能な左右相称動物でも見つかっていることから、動物門ごとに再生芽形成機構が独自に進化した可能性を示唆しました。   概要  東京大学大学院薬学系研究科の冨士田壮佑特任研究員、三浦正幸教授、中嶋悠一朗講師(元東北大学学際科学フロンティア研究所 助教 兼生命科学研究科)らによる研究グループは、東北大学大学院生命科学研究科の倉永英里奈教授、東北大学大学院生命科学研究科・附属浅虫海洋生物学教育研究センターの熊野岳教授、高橋 真湖 博士課程学生と共同で、刺胞動物のエダアシクラゲを用いて、触手再生過程において特異的に出現する未分化細胞が再生芽を形成して、常在する幹細胞と協調することで迅速な器官再生を実現する仕組みを明らかにしました。損傷後の器官や組織の再生において、未分化性の増殖性細胞を含む再生芽(注1)の形成は、それぞれの器官や組織が再生可能かどうかを決める最も重要なプロセスの1つです。これまでの再生研究の多くは左右相称動物(脊椎動物や節足動物など)を用いて行われてきたこともあり、それ以外の動物における再生芽形成メカニズムはほとんど不明でした。本研究グループは、再生能力が高いことで知られる刺胞動物(注2)のエダアシクラゲを用いて、触手の切断部位近傍に未分化細胞が集積して再生芽を形成することを見出しました。また、再生芽を形成する未分化細胞は増殖能や分化能を含む幹細胞としての特徴を示すものの、常在する幹細胞とは異なる由来と機能を示し、特に新しく形成される触手の上皮細胞に選択的に分化することを明らかにしました。再生特異的に出現する未分化細胞は、左右相称動物のイモリの肢再生などでもその関与が示唆されていることを考えますと、本研究成果は、動物門ごとに複雑な器官や形態を獲得する中で再生芽形成メカニズムが独自に進化した可能性を示唆します。       【用語解説】 (注1)再生芽 失われたり損傷したりした組織や器官が再生する際に形成される細胞の塊のこと。新しく構築さ れる組織や器官のタネ細胞として、様々な細胞種に分化できる未分化性や増殖能を示す細胞を含 む。 (注2)刺胞動物 刺胞動物門は、大きく花虫綱/花虫亜門(Anthozoa)とクラゲ亜門(Medusozoa)の2つに分けるこ とができる。胚、幼生、ポリプ、メデューサ(いわゆるクラゲ)といった多様な生活環を示す。 幼生やポリプのステージは刺胞動物のほとんどの種に含まれるが、クラゲ亜門はメデューサのス テージを含む。       【論文情報】 題 名:Distinct stem-like cell populations facilitate functional regeneration of the Cladonema medusa tentacle 著者名:Sosuke Fujita, Mako Takahashi, Gaku Kumano, Erina Kuranaga, Masayuki Miura, and Yu-ichiro Nakajima* 雑誌名:PLOS Biology DOI:10.1371/journal.pbio.3002435 URL: https://journals.plos.org/plosbiology/article?id=10.1371/journal.pbio.3002435     詳細(プレスリリース本文)     関連リンク 東北大学 東北大学学際科学フロンティア研究所     【問合せ先】 〈研究に関する問合せ〉 東京大学大学院薬学系研究科 講師 中嶋 悠一朗(なかじま ゆういちろう) Tel:03-5841-4863  E-mail:nakaji97@g.ecc.u-tokyo.ac.jp   (報道に関する問合せ) 東北大学学際科学フロンティア研究所  特任准教授 藤原 英明 Tel : 022-795-5259 E-mail : hideaki@fris.tohoku.ac.jp   https://www.lifesci.tohoku.ac.jp/ ケンカのゆくえはグリアしだい 小脳グリア細胞が攻撃行動制御に果たす役割を解明 2023-12-07T11:00:00+09:00 発表のポイント 動物の社会行動(注1)の一端は、小脳(注2)のグリア細胞(注3)の活動によって調整されることが示されました。 2匹の雄マウスを一緒にすると10秒程度のケンカ(注4)が約1分おきに生じます。 小脳に刺入した光ファイバーを用いて脳内環境を光計測(注5)したところ、ケンカの優勢・劣勢に連動してグリア活動が変化することが示されました。 小脳のグリア細胞を光で活性化する(注6)とシータ波(注7)が生まれ、ケンカ解散までの時間が早くなることが示されました。 小脳グリア細胞活動を機能操作することで、過度な攻撃衝動を抑えられる可能性が示唆されました。 概要  近年、動物やヒトの社会性の行動に小脳が影響を与えていることが示唆されてきました。東北大学大学院生命科学研究科の淺野雄輝大学院生(日本学術振興会特別研究員)、松井広教授らのグループは、雄マウス2匹を同じケージに入れた時に勃発するケンカに注目し、小脳の活動を解析しました。ケンカ解散時、小脳で特有の神経活動が生じ、シータ波の局所フィールド電位(注8)が記録されました。また、光遺伝学を用いて小脳グリア細胞を光刺激すると、小脳でシータ波が生じるとともに、ケンカ解散までの時間が短くなることが明らかになりました。さらに、ケンカが優勢・劣勢になると小脳グリア細胞内のカルシウム濃度が減少・増加したため、小脳グリア細胞は、マウスの攻撃性を調整するボリュームの役割を果たすことが示唆されました。マウスもヒトも集団で暮らすからには、円滑な社会生活を営むことが望まれます。過度な攻撃衝動を制御するには小脳グリアの働きを理解することが有用と思われます。  本研究成果は2023年11月29日付で著者校正版が脳科学分野の専門誌 Neuroscience Researchに掲載されました。 図1. 小脳グリア細胞による攻撃性調整機能。二匹の雄マウスを引き合わせるとケンカが誘発されます。小脳のグリア細胞を光刺激すると、ケンカの解散が早くなったため、小脳グリア細胞には、マウスの攻撃性を調整する役割があることが示唆されました。       【用語説明】 注1.    社会行動: マウスもヒトも集団で暮らす場面が多いため、同じ種の間での社会性をともなう行動をすることが知られています。同腹で一緒に飼育された兄弟ではない見知らぬ雄マウス同士の場合、同じケージに入れるとケンカに至ることが多いことが観察されています。   注2.    小脳: 大脳の尾側、脳幹の背側に位置し、脳全体の神経細胞の約半分が存在することが知られています。   注3.    グリア細胞: 脳を構成する細胞の種類で、神経細胞とは異なるものは総じてグリア細胞と呼ばれます。従来、グリア細胞は、脳の隙間を埋めるノリのような存在と考えられてきましたが、グリア細胞には脳内のエネルギー代謝やイオン環境を制御する機能があることが示されてきました。さらに、神経細胞とは異なる方法で、脳内情報処理に関わることも次々と明らかにされてきており、脳と心の機能におけるグリア細胞の役割に大きな注目が集まってきています。   注4.    ケンカ: オス同士のマウスを同じケージに入れると、お互いに攻撃行動が引き起こされることが知られています。攻撃行動の優勢と劣勢は、ビデオ解析によって、比較的容易に区別することができます。優勢のマウスは、劣勢のマウスの陰部に向って攻撃することが多く、劣勢のマウスは、優勢のマウスから逃げる行動をするため、背後から陰部を攻撃されることが多くなります。   注5.    光計測: 脳深部に光ファイバーを刺し入れて、蛍光信号を計測する方法をファイバーフォトメトリー法と呼びます。本研究では、細胞内のCa2+やpHに応じて、蛍光特性が変化する蛍光センサータンパク質を、脳内アストロサイトに人工的に遺伝子発現させたマウスを用いました。当研究室では、細胞内Ca2+をセンス(検出)するように設計された蛍光センサータンパク質でもpHの影響を受け、局所血流量の変動はあらゆる蛍光に影響を与えることを示してきました。本研究では、これらの影響を選り分ける工夫が施された新手法が用いられています。   注6.    光で活性化: クラミドモナスという藻に発現する光感受性の膜タンパク質でチャネルロドプシン2(ChR2)と呼ばれるものがあります。ChR2遺伝子を、マウスの脳の特定の細胞で発現するように組み込むと、その細胞でChR2が発現されます。光ファイバーなどを使って、生きているマウスの脳を局所的に光照射すると、ChR2を発現する細胞だけが刺激されて興奮します。このように、光を使って特定の細胞の機能を操作する手法をオプトジェネティクス(光遺伝学)と呼び、開発当初はChR2を神経細胞に発現する方法が主に用いられてきました。今回の実験では、ChR2をグリア細胞のうち、アストロサイトに発現させています。また、当初、ChR2は光感受性の非選択的陽イオンチャネルと捉えられてきましたが、このChR2は水素イオン(H+)を良く通すため、当研究室では、細胞内を人為的に酸性化するツールとして使っています。グリア細胞の酸性化が引き金となって、グリア細胞からグルタミン酸等の伝達物質が放出されることが示されてきました。   注7.    シータ波: 多くの脳神経細胞の電気的な活動が電極まで伝わって記録されるものを脳波、もしくは、局所フィールド電位と呼びます。脳波の周波数を解析することで、睡眠や覚醒、てんかん等の脳病態等に相関するいくつかの脳状態を高精度に測定し、診断をすることができることが知られています。今回、小脳に挿入した電極から記録される局所フィールド電位の波形に含まれる4-6 Hzの周波数成分に注目しました。この周波数成分は、シータ波と呼ばれます。   注8.    局所フィールド電位: 本研究では、近接する2本の電極を小脳に挿入し、このふたつの電極間の電位差を増幅することで、小脳での局所フィールド電位を記録しました。局所フィールド電位では、小脳の電極近傍の多くの脳神経細胞の電気的な活動による影響が合わさったものが記録されているため、個々の神経細胞の活動は計測されません。電極近傍での神経の集合的な活動状態を知るひとつの指標として用いられています。     【論文情報】 Yuki Asano, Daichi Sasaki, Yoko Ikoma, Ko Matsui* (2023) Glial tone of aggression. Neuroscience Research DOI:doi.org/10.1016/j.neures.2023.11.008 https://doi.org/10.1016/j.neures.2023.11.008     【研究者情報】 東北大学大学院生命科学研究科 教授 松井 広 研究者    https://researchmap.jp/komatsui/ 研究室    http://www.ims.med.tohoku.ac.jp/matsui/   詳細(プレスリリース本文)   【関連リンク】 東北大学   【問い合わせ先】 (研究に関すること)  東北大学大学院生命科学研究科  教授 松井 広(まつい こう)  TEL: 022-217-6209  Email: matsui(at)med.tohoku.ac.jp   (報道に関すること)  東北大学大学院生命科学研究科広報室  高橋 さやか(たかはし さやか)  TEL: 022-217-6193  Email: lifsci-pr(at)grp.tohoku.ac.jp   東北大学は持続可能な開発目標(SDGs)を支援しています   https://www.lifesci.tohoku.ac.jp/ 植物の受精卵が形を変えながら伸びることを発見 2023-12-07T10:30:00+09:00 発表のポイント 植物の受精卵が細胞伸長して第一分裂に至る過程について、形や速度の変化を精緻に捉えることに成功した。 一般的な植物細胞とは異なり、受精卵は「先端成長」という特殊な様式で細長く伸びることを発見した。 「先端成長」する他の細胞とも異なり、受精卵は成長段階に応じて形状や速度を変えながら伸びることを明らかにした。   概要  植物の葉や根などの器官は、植物の上下方向(体軸)に沿って作られます。ほとんどの植物において、体軸は、受精卵が上下に非対称分裂することで確立されます。被子植物であるシロイヌナズナでは、受精卵がまず上方向に細胞伸長し、非対称分裂に至ることが知られていましたが、どのような過程を経て伸長するのかは不明でした。  東北大学大学院生命科学研究科の松本光梨助教、中川朔未氏(修士1年生)、植田美那子教授と、秋田県立大学の康子辰博士、野々山朋信博士、石本志高教授、津川暁助教は、モデル植物のシロイヌナズナにおいて、受精卵が細胞伸長する様子をライブイメージングするとともに、得られた画像のブレを補正する新たな画像解析法「座標標準化法」を開発したことで、受精卵がどのように細胞伸長するかを精緻に追跡しました。その結果、細胞の全域が伸びる一般的な成長様式とは異なり、受精卵は細胞の先端だけが成長する「先端成長」という様式で伸長することを突き止めました。さらに、「先端成長」する植物細胞として知られている根毛との挙動を詳細に比較した結果、一定の太さと速度を保って伸長する根毛とは異なり、受精卵は細胞分裂の前に一過的に太さと速度を増すことを見出しました。  今回の発見は、受精卵に特徴的な形状や速度の変化が、その後の非対称分裂に繋がる可能性を示しており、植物の体軸形成への理解が進むと期待されます。  本研究成果はPlant and Cell Physiology誌の2023年11月号に掲載されました。     図1(A)座標標準化法の模式図。細胞膜を緑色で蛍光標識したシロイヌナズナ受精卵のライブイメージング像から細胞輪郭を抽出し、表面曲率をもとに特徴点を特定して整列させることで、観察中に生じたブレを補正した。(B)受精卵の先端半径の推移を表したグラフ(上)と、その変化を模式的に示した図(下)。スケールバーは10マイクロメートル(µm)を表す。   【論文情報】 タイトル:Coordinate Normalization of Live-Cell Imaging Data Reveals Growth Dynamics of the Arabidopsis Zygote 著者:Zichen Kang, Hikari Matsumoto, Tomonobu Nonoyama, Sakumi Nakagawa, Yukitaka Ishimoto, Satoru Tsugawa* and Minako Ueda* *責任著者: 東北大学大学院生命科学研究科 教授 植田美那子 秋田県立大学機械工学科 助教 津川暁 筆頭著者: 東北大学大学院生命科学研究科 助教 松本光梨 秋田県立大学機械工学科 博士研究員 康子辰 掲載誌: Plant and Cell Physiology DOI: 10.1093/pcp/pcad020 URL: https://doi.org/10.1093/pcp/pcad020     【問い合わせ先】 (研究に関すること) 東北大学大学院生命科学研究科 教授 植田美那子 TEL: 022-795-6713 E-mail: minako.ueda.e7(at)tohoku.ac.jp   https://www.lifesci.tohoku.ac.jp/ 牧野富太郎博士が命名した植物を使って ダーウィンの研究した自家受精進化の謎を解明 〜新たな植物種の交配など栽培植物の育種の応用へ〜 2023-11-30T10:00:00+09:00  横浜市立大学 清水健太郎客員教授(チューリッヒ大学教授兼任)および東北大学大学院生命科学研究科 渡辺正夫教授らの研究グループは、自家受精する植物が持つ遺伝子の変異を実験的に修復して、自家受精を防ぐ祖先植物のメカニズムを回復することに成功しました。  異なる2種間の雑種由来の倍数体植物では他家受精から自家受精への進化が頻繁に見られることが知られていましたが、そのメカニズムは謎に包まれていました(図1左)。そこで、日本を中心に分布する倍数体植物ミヤマハタザオと、牧野富太郎博士が命名したことでも知られる亜種タチスズシロソウをモデル植物*1として、ゲノム解析と遺伝子導入実験をおこないました。その結果、他家受精植物では低分子RNAを介して片親ゲノム上にある自家受精拒絶システムが抑制されており、遺伝子が1つ変異しただけで自家受精が可能になることを明らかにしました(図1右)。この研究により、自家受精と他家受精のバランスを人為的に調節できる可能性が示され、これまで困難であった植物種の組み合わせでの交配が可能になるなど栽培植物の育種への貢献が期待されます。  本研究成果は、国際科学雑誌「Nature Communications」に掲載されました。(日本時間2023年11月29日19時)   研究成果のポイント 自家受精の進化は、チャールズ・ダーウィンの先駆的研究以来、とくに雑種由来の倍数体の植物に多いことが知られていたが、そのメカニズムには謎が多かった。 倍数体種ミヤマハタザオの自家不和合性遺伝子SCR/SP11の変異を修復することにより、進化を逆流させて、祖先の自家不和合性を復元することに成功した。 牧野富太郎博士が命名した亜種タチスズシロソウの実験とあわせ、低分子RNAが倍数体種の自家受精の進化を促進した可能性を示した。 今回の発見を栽培植物に応用すれば、従来困難だった植物種の交配が可能になり、育種への貢献が期待できる。     図1 左:倍数体の自家受精の進化の謎。種間交雑に由来する倍数体種では、自家受精を防ぐ鍵と鍵穴のシステムも倍加するので、自家受精に進化する確率はより低くなると考えられていた。右:今回、低分子RNAが片親ゲノム上のSCR-D遺伝子の発現を抑えていることがわかり、SCR-B遺伝子にだけ変異が生じれば自家受精が可能になることを明らかにした。     【論文情報】 Chow-Lih Yew, Takashi Tsuchimatsu, Rie Shimizu-Inatsugi, Shinsuke Yasuda, Masaomi Hatakeyama, Hiroyuki Kakui, Takuma Ohta, Keita Suwabe, Masao Watanabe, Seiji Takayama & Kentaro K. Shimizu (2023) Dominance in self-compatibility between subgenomes of allopolyploid Arabidopsis kamchatica shown by transgenic restoration of self-incompatibility. Nature Communications DOI: 10.1038/s41467-023-43275-2 URL: https://www.nature.com/articles/s41467-023-43275-2   詳細(プレスリリース本文)     【関連リンク】 横浜市立大学 東京大学大学院農学生命科学研究科 東北大学 三重大学 生命科学研究科植物分子育種分野渡辺研究室     【問い合わせ先】 (研究に関すること) 東北大学大学院生命科学研究科 教授 渡辺 正夫 TEL: 022-217-5681 E-mail: nabe(at)ige.tohoku.ac.jp   (報道に関すること) 東北大学大学院生命科学研究科 広報室 高橋 さやか TEL: 022-217-6193 E-mail: lifsci-pr(at)grp.tohoku.ac.jp     東北大学は持続可能な開発目標(SDGs)を支援しています https://www.lifesci.tohoku.ac.jp/ 長年の謎だった植物の温度センサー分子を発見 「レインツリー」が雨で葉を閉じる仕組みを解明 2023-11-28T10:00:00+09:00 【発表のポイント】 ヒトはTRP(Transient Receptor Potential、以下TRP)(注1)という温度センサー分子を使って温度を感知しています。 植物はTRPをもたないため、植物が温度を感じる仕組みは謎でした。 マメ科植物アメリカネムノキ(別名:レインツリー)が雨で葉を閉じる現象には葉の温度低下が関係していることを突き止め、植物の温度センサー分子を発見しました。 植物の温度感知メカニズムの解明に大きく貢献する成果です。   【概要】  温度感覚は、すべての生物に必須の機能です。ヒトも含めた動物は、TRPという分子(2021年度ノーベル生理学・医学賞の受賞対象)を使って温度を感知しています。しかし植物は、TRPのような温度センサー分子をもっていないため、植物が温度を感じる仕組みは謎でした。東北大学の上田 実 教授、村岡勇樹 大学院生らの研究グループは、「レインツリー」の別名で知られるマメ科植物アメリカネムノキが降雨によって葉を閉じる現象に着目し、この運動の引き金は葉の温度低下であることを突き止め、葉の就眠運動を制御する分子(SPORK2)が温度センサーとしても機能することを解明しました(図1)。これは、植物が温度を感知する仕組みの解明につながる発見です。本成果は、2023年11月28日(日本時間)に生物学の専門誌 Current Biology(電子版)に掲載されました。   図1. レインツリーの葉が降雨で閉じる現象から、植物の温度センサーを発見     【用語説明】 注1.    TRP(Transient Receptor Potential):温度を感じるセンサーとして機能するタンパク質。様々なタイプが存在し、各々が異なる温度帯を感知している。植物を除き、ヒトや昆虫を含む動物、酵母やカビなどの真菌類に存在する。   【論文情報】 Yuki Muraoka, Gangqiang Yang, Shintaro Munemasa, Yusuke Takeuchi, Yasuhiro Ishimaru, Yoshiyuki Murata, Nobuyuki Uozumi, and Minoru Ueda* (2023) An outward-rectifying plant K+ channel SPORK2 exhibits temperature-sensitive ion transport activity. Current Biology DOI : 10.1016/j.cub.2023.10.057 URL : https://doi.org/10.1016/j.cub.2023.10.057     詳細(プレスリリース本文)     【関連リンク】 東北大学 東北大学大学院理学研究科   【問い合わせ先】 (研究に関すること) 東北大学大学院 理学研究科化学専攻 生命科学研究科 兼担 教授 上田 実(うえだ みのる) TEL: 022-795-6557 Email: minoru.ueda.d2(at)tohoku.ac.jp   (報道に関すること) 東北大学大学院 理学研究科 広報・アウトリーチ支援室 TEL: 022-795-6708 Email: sci-pr(at)mail.sci.tohoku.ac.jp   https://www.lifesci.tohoku.ac.jp/ 雌雄判別DNAマーカーによって 紫アスパラガスの由来が判明 品種‘Pacific Purple’は近縁野生種との種間交雑によって誕生 2023-11-21T11:00:00+09:00 発表のポイント 紫アスパラガス品種‘Pacific Purple’には雌雄判別DNAマーカー(注1)の適用性が異なる2つの系統があります。 雌雄性を決定する遺伝子の配列を比較解析した結果、‘Pacific Purple’の2系統はそれぞれアスパラガスと近縁野生種に近い配列を持っていました。 紫アスパラガスの祖先は、近縁野生種との種間交雑種である可能性が示唆されました。   概要  アスパラガスは雌雄異株植物で、XY 型の性決定様式で雌雄が決まっています。すでに複数の雌雄判別DNAマーカーが開発され、その育種に利用されてきました。アスパラガスにはグリーン品種の他に紫アスパラガス品種が知られています。これまでの研究から、紫アスパラガス品種‘Pacific Purple’には雌雄判別DNAマーカーの適用性が異なる2つの系統(PP-mおよびPP-m*)があることが判明していました(参考文献1)。  東北大学大学院生命科学研究科の菅野明准教授の研究グループは、雌雄判別DNAマーカー上の雌雄性決定遺伝子の配列について、‘Pacific Purple’の2系統、アスパラガスおよび近縁野生種で比較解析し、紫アスパラガスの祖先品種はアスパラガスと近縁野生種の種間雑種であることを明らかにしました。  本研究成果は、均一性の低い紫アスパラガス品種で利用可能な雌雄判別DNAマーカーの選択に利用できるとともに、紫アスパラガスの形質に野生種の遺伝子がどのように関わっているかの解明への利用が期待されます。  本成果は、11月 16 日付で植物に関する分野の専門誌Frontier in Plant Science電子版に掲載されました。      図1. グリーンアスパラガスと紫アスパラガス     【参考文献】 1.    Mai Mitoma, Lei Zhang, Itaru Konno, Shunpei Imai, Satoru Motoki & Akira Kanno. A new DNA marker for sex identification in purple asparagus.  Euphytica. 2018 DOI : 10.1007/s10681-018-2233-0   【用語説明】 注1.    雌雄判別DNAマーカー:アスパラガスのように個体によって雌雄が分かれている植物において、雌雄それぞれの性に特異的な塩基配列を用い、PCR法などによって雌雄を識別する方法のことを指します。このマーカーにより、幼苗の段階でDNA分析をすることにより、その個体の雌雄を判別することができます。       【論文情報】 Akira Kanno*, Naka Hirobe and Lei Zhang (2023) Origin of purple asparagus cultivar 'Pacific Purple' based on the sequence of sex determination gene. Frontier in Plant Science DOI:10.3389/fpls.2023.1237433 URL : https://doi.org/10.3389/fpls.2023.1237433     詳細(プレスリリース本文)   関連リンク 東北大学   【問い合わせ先】 (研究に関すること) 東北大学大学院生命科学研究科 准教授 菅野 明 TEL: 022-217-5725 E-mail: kanno(at)ige.tohoku.ac.jp   (報道に関すること) 東北大学大学院生命科学研究科 広報室 高橋 さやか TEL: 022-217-6193 E-mail: lifsci-pr(at)grp.tohoku.ac.jp     東北大学は持続可能な開発目標(SDGs)を支援しています https://www.lifesci.tohoku.ac.jp/ 神経の活性化によりインスリン産生細胞を再生 ーマウス糖尿病の治療に成功ー 2023-11-10T10:00:00+09:00 発表のポイント 脳と膵臓(すいぞう)をつなぐ自律神経を個別に刺激する方法を独自に開発し、これにより、マウスにおいてインスリンを作る細胞を増やせることを発見した。 インスリン産生細胞が減ってしまった糖尿病マウスの自律神経を刺激することで、インスリン産生細胞を再生し治療することに成功した。 自律神経刺激によってインスリン産生細胞を増やす糖尿病治療法・予防法の開発や、インスリンを作る細胞の数や働きを調節するメカニズムの解明が進むことが期待される。 概要  多くの糖尿病は、血糖値を下げるホルモン(インスリン)を産生する唯一の細胞である膵臓のβ細胞(注1)が減少することで血糖値が上昇し発症します。このβ細胞を体内で増やす治療法が世界中で求められていますが、現在のところ開発されていません。  東北大学大学院医学系研究科糖尿病代謝内科学分野および東北大学病院糖尿病代謝科の今井淳太准教授、川名洋平助教、片桐秀樹教授、東北大学大学院生命科学研究科超回路脳機能分野の松井広教授らのグループは、マウスにおいて、脳と膵臓をつなぐ自律神経の一種である迷走神経(注2)(膵臓迷走神経)を刺激することで、体の中でβ細胞を増やすことが可能であることを世界で初めて発見しました。本研究ではオプトジェネティクスという手法を用い、光によって膵臓迷走神経を刺激する方法(注3)を開発しました。さらに、インスリンが減って糖尿病を発症しているマウスの膵臓迷走神経をこの方法を用いて刺激することで、β細胞を再生し、マウス糖尿病を治療することにも成功しました。この成果により、膵臓迷走神経刺激によってβ細胞を増やすという糖尿病の根本的な予防・治療法の開発につながることが大いに期待されます。また、β細胞の数や働きを調節する仕組みや糖尿病発症のメカニズムの解明も進むものと考えられます。  本研究成果は、2023年11月9日午後4時(ロンドン時間、日本時間11月10日午前1時)Nature Biomedical Engineering誌に掲載されました。       図1. マウスの膵臓の迷走神経を青色光で活性化することにより、血中のインスリンとβ細胞数を増やすことに成功。 写真:β細胞(緑)の集まりが膵臓のランゲルハンス島、増えているβ細胞の核(ピンク、白色の矢頭)。       図2. 近赤外線とランタノイド粒子を用いて、膵臓でのみ迷走神経を活性化する方法を開発       【用語説明】 注1.    β細胞:血糖値を下げるホルモンであるインスリンを作る体内唯一の細胞。ランゲルハンス島といわれる膵臓の中にある多くの島状の部位に集まって存在する。食事に応じ、インスリンを血中に放出(分泌)する働きにより、食前は血糖値が下がりすぎず、食後の血糖値の上昇を抑えることができる。このβ細胞の働きが悪くなったり、数が減ったりすることで、糖尿病が発症することが知られている。 注2.    迷走神経:脳から心臓や肺、腹部内臓などの末梢器官に情報を伝達する自律神経の一種。自律神経は交感神経と副交感神経に分類され、迷走神経は副交感神経の一種。心拍数や血圧を低下させる、消化管の運動を促すなどの働きがある。 注3.    光によって膵臓迷走神経を刺激する方法:本研究ではオプトジェネティクス(光遺伝学)と呼ばれる「青い光を当てると神経が活性化される」という手法を活用している。まず、迷走神経に青い光を当てるとその神経が活性化するように遺伝子改変されたマウスを作製した。次に、近赤外光が当たると青い光を発する物質(ランタノイド粒子)をそのマウスの膵臓に留置した。近赤外光は体を透過する光であり、体外から近赤外光を当てた時だけ、膵臓が青く光り、膵臓迷走神経が活性化する(図2)。この独自の手法の開発により、生きたマウスに対し、意図したタイミングで膵臓につながる迷走神経だけを刺激することが可能となった。     【論文情報】 Yohei Kawana, Junta Imai*, Yosuke M. Morizawa, Yoko Ikoma, Masato Kohata, Hiroshi Komamura, Toshihiro Sato, Tomohito Izumi, Junpei Yamamoto, Akira Endo, Hiroto Sugawara, Haremaru Kubo, Shinichiro Hosaka, Yuichiro Munakata, Yoichiro Asai, Shinjiro Kodama, Kei Takahashi, Keizo Kaneko, Shojiro Sawada, Tetsuya Yamada, Akira Ito, Kuniyasu Niizuma, Teiji Tominaga, Akihiro Yamanaka, Ko Matsui and Hideki Katagiri (2023) Optogenetic stimulation of vagal nerves for enhanced glucose-stimulated insulin secretion and β cell proliferation. Nature Biomedical Engineering DOI:doi.org/10.1038/s41551-023-01113-2 URL:https://www.nature.com/articles/s41551-023-01113-2     詳細(プレスリリース本文)   関連リンク 東北大学 東北大学医学系研究科 JST   【問い合わせ先】 (研究に関すること) 東北大学大学院医学系研究科 糖尿病代謝内科学分野 准教授 今井 淳太(いまい じゅんた) TEL: 022-717-7611 E-mail: imai(at)med.tohoku.ac.jp     (報道に関すること) 東北大学大学院医学系研究科・医学部広報室 TEL: 022-717-8032 FAX: 022-717-7149 E-mail: press(at)pr.med.tohoku.ac.jp   https://www.lifesci.tohoku.ac.jp/ 茎枯病抵抗性のアスパラガス新品種「あすたまJ」を育成 -茎枯病発生ほ場でも高い収量が見込める革新的な抵抗性品種- 2023-10-26T14:00:00+09:00 農研機構、香川県、東北大学及び九州大学は共同で、アスパラガス新品種「あすたまJ」を育成しました。本品種は、難防除病害であるアスパラガス茎枯病(くきがれびょう)に抵抗性を有する日本固有種「ハマタマボウキ」と、アスパラガスの種間雑種であり、茎枯病に対して、既存のアスパラガス品種の中では類のない高いほ場抵抗性を有することから、国内のアスパラガスの露地栽培に飛躍的な収量向上をもたらす品種として期待されます。    アスパラガス茎枯病1)(以下、茎枯病)は、わが国のアスパラガス露地栽培2)において、大幅な減収や廃耕など甚大な被害をもたらす、最も深刻な病害です。これまで、アスパラガス(Asparagus officinalis L.)種内には茎枯病に実用的な抵抗性を示す品種や育種素材がなかったため、抵抗性品種の育成は困難でしたが、近年、アスパラガスと同属の日本固有種であるハマタマボウキ3)(Asparagus kiusianus Makino)が茎枯病抵抗性を有すること、かつアスパラガスとの交雑が可能なことが明らかになり、茎枯病抵抗性品種育成への道が開けました。  そこで、農研機構、香川県、東北大学及び九州大学は共同で、アスパラガスとハマタマボウキの種間交雑により、茎枯病に対する高いほ場抵抗性4)を有するアスパラガス品種「あすたまJ」を育成しました。  本品種は、茎枯病の防除を目的にビニールハウス等の施設を利用した栽培が一般的であった温暖地でも、露地栽培が可能となります。  また、本品種の名称については、アスパラガスとハマタマボウキの種間雑種であることから、アスパラガスの「アス」とハマタマボウキの「タマ」からとった「あすたま」に、日本固有種を親に持ち、日本のオリジナル性が高いことからJapanのJを付し、「あすたまJ」と命名しました。  今後、オープンイノベーション研究・実用化推進事業課題での現地実証試験を進め、令和10年頃には生産者へ原種苗を提供できる予定です。   新品種「あすたまJ」の食用部(長さ25cm)   新品種「あすたまJ」の草姿   <関連情報> 予算:農林水産業・食品産業科学技術研究推進事業「日本固有種で実現させる世界初のアスパラガス茎枯病抵抗性系統育成とマーカーの開発」 イノベーション創出強化研究推進事業(JPJ007097)「世界初のアスパラガス茎枯病抵抗性品種育成と世界標準品種化への育種技術開発」 品種登録出願番号:「第36754号」(2023年7月19日出願公表)     新品種開発の社会的背景と経緯  茎枯病(病原糸状菌:Phomopsis asparagi)は、アスパラガスの大幅な減収や廃耕などの深刻な被害をもたらす難防除病害の一つで(写真1)、主に降雨により、病斑部から分生子5)が飛散することによって伝染が拡大します。茎枯病は、特に国内のアスパラガス栽培面積の約80%を占める露地栽培において最も深刻な病害で、近年、高温傾向や長雨、豪雨の影響により、その被害が深刻化しています。また、アジアモンスーン地域の中国、東南アジア諸国、韓国でも問題になっています。  アスパラガスは一度植えると一般に10年以上栽培が行われるため、茎枯病が発生すると長年にわたり大きな影響を受けることから、茎枯病抵抗性品種の育成は非常に重要な課題でしたが、従来のアスパラガス(Asparagus officinalis L.)種内には茎枯病に実用的な抵抗性を示す品種や育種素材がなかったため、抵抗性品種の育成は困難でした。しかし、近年、アスパラガスと同属で日本固有種であるハマタマボウキ(Asparagus kiusianus Makino)について、東北大学がアスパラガスとの交雑が可能なこと、九州大学が茎枯病抵抗性を有することを明らかにしたことにより、茎枯病抵抗性品種育成への道が開けました。  そこで、アスパラガスの品種育成の実績を有する農研機構、香川県、東北大学及び九州大学が共同で茎枯病抵抗性品種の育成に取り組み、茎枯病に対する高いほ場抵抗性を有するアスパラガス品種「あすたまJ」を育成しました。     写真1 茎枯病が発生した茎   新品種「あすたまJ」の特徴 「あすたまJ」は、アスパラガスとハマタマボウキの種間交雑により育成した品種です。 「あすたまJ」は、茎枯病菌の苗への接種試験に対して、従来品種よりも病斑の進展が遅く、高い抵抗性を示します(写真2)。 「あすたまJ」は、茎枯病発生ほ場における殺菌剤無散布条件下での露地栽培において、従来品種が衰弱してしまう条件下においても複数年にわたり旺盛に生育し、高いほ場抵抗性を示します(写真3)。 「あすたまJ」は、茎枯病発生ほ場における殺菌剤無散布条件下での春どり露地栽培において、従来品種の収量がほぼ皆無となる条件下でも、高い収量性を示します(図1)。 「あすたまJ」は、従来品より茎が細い傾向があります(写真4)。揃った細い若茎(わかぐき)(食用部分)がたくさん取れる特徴があります(写真5)。   写真2 茎枯病菌を接種した苗の発病状況(接種28日後)       写真3 殺菌剤無散布条件下の露地ほ場での茎枯病発生状況の例 従来品種(黄色囲みの部分)は、茎枯病のため地上部がほぼ枯れている     図1 殺菌剤無散布条件下の露地ほ場での春どり栽培における収量の例 茎枯病によって従来品種は収量がほぼ皆無であるが、新品種「あすたまJ」は 定植後殺菌剤を一切散布していないにもかかわらず高い収量が得られている     写真4 新品種「あすたまJ」と従来品種の若茎の太さの違い(長さ25cm)     写真5 新品種「あすたまJ」の収穫物(長さ25cm)   品種の名前の由来  アスパラガスとハマタマボウキの種間雑種であることから、アスパラガスの「アス」とハマタマボウキの「タマ」からとった「あすたま」に、日本固有種を親に持ち、日本のオリジナル性が高いことからJapanのJを付し、「あすたまJ」と命名しました。   今後の予定・期待  今回育成した「あすたまJ」は、茎枯病に対してアスパラガス種内での交配では期待できなかった高いほ場抵抗性を有し、茎枯病発生ほ場での春どり栽培における高い収量性を有します。既存の露地産地のみならず、これまで茎枯病のため営利的な生産が困難とされてきた温暖地の露地生産への導入など、アスパラガスの露地生産を革新することが期待できます。一方で、「あすたまJ」の若茎は細く、太いほうが良いとされる従来の市場価値では単価が低く抑えられる懸念があることから、研究グループでは、今年度採択されたオープンイノベーション研究・実用化推進事業(JPJ011937)において、引き続き「あすたまJ」の若茎の特徴を生かした需要創出や、「みどりの食料システム戦略」に貢献する環境負荷低減技術の開発等に取り組んでいく予定です。   原種苗提供の予定  当面は、オープンイノベーション研究・実用化推進事業課題で行う環境負荷低減栽培技術に関する現地実証試験を進め、プロジェクトが終了する令和10年頃には生産者へ原種苗を提供できる予定です。   用語の解説 1)    アスパラガス茎枯病 国内のアスパラガス栽培で最も深刻な病害であり、茎に小斑点を生じ、やがて淡褐色紡錘形の病斑になり、さらに拡大すると茎全体が枯死します。枯死はやがて株全体に及び、欠株が生じて減収、廃耕などの大きな被害をもたらします。病原菌は被害残渣上で越冬し、降雨が多いと発生が多くなり、とくに梅雨期と秋雨期に病勢の進展が著しくなります。   2)    露地栽培 自然の畑条件で作物を栽培することです。国内のアスパラガス栽培面積のうち、約80%が露地栽培です。   3)    ハマタマボウキ アスパラガスと同じクサスギカズラ属に属する日本固有種で、環境省のレッドリストで絶滅危惧ⅠΒ類(近い将来における野生での絶滅の危険性が高いもの)として掲載されています。   4)    ほ場抵抗性 作物がほ場農地条件で示す病害抵抗性のことで、発病の程度(発病開始時期・病斑数・病斑面積割合・病斑の大きさ・病害増殖速度など病害によりさまざまな要素によって現れます)を低く抑える性質のことです。   5)    分生子 菌糸の一部が伸び、その先がくびれてできる特別な胞子です。分生胞子ともいいます。子のう菌類が無性生殖する際に見られます。   関連リンク 農研機構 九州大学 香川県     問い合わせ先など 研究推進責任者:農研機構九州沖縄農業研究センター 所長 原田 久富美 同 野菜花き研究部門 所長 松元 哲 研究担当者:同 九州沖縄農業研究センター 暖地畑作物野菜研究領域 領域長補佐兼研究グループ長兼久留米調整役 渡辺 慎一          同 野菜花き研究部門露地生産システム研究領域 露地野菜花き生産技術グループ 上級研究員 柳井 洋介 広報担当者:同 九州沖縄農業研究センター研究推進室広報チーム長 田中 和光 ※取材のお申し込み・プレスリリースへのお問い合わせ(メールフォーム) https://www.naro.go.jp/inquiry/index.html   東北大学大学院生命科学研究科 植物分子育種分野 准教授 菅野 明 MAIL:kanno(at)ige.tohoku.ac.jp https://www.lifesci.tohoku.ac.jp/ 妊娠期に糖質が欠乏すると胎仔マウスの生殖細胞に異常が出る 生殖細胞形成における糖質代謝の役割 2023-10-17T11:00:00+09:00 発表のポイント 糖質の代謝は胚発生(注1)の初期に起こる生殖細胞の形成と、その後の精子と卵子への分化に必要です。 妊娠マウスにおける糖質の欠乏が胎仔の生殖細胞の形成と分化を阻害することを明らかにしました。 子の生殖能力に影響する妊娠期の栄養環境改善のヒントとなり得ます。   概要  妊娠期の栄養状態が、生まれた子の健康に影響することが知られていますが、胎児期に起こる生殖細胞の形成にどのように影響するかは分かっていません。 東北大学加齢医学研究所附属医用細胞資源センター(兼生命科学研究科) 松居靖久(まついやすひさ)教授、林陽平(はやしようへい)助教の研究グループは、滋賀医科大学と共同で、培養下で多能性幹細胞(注2)から生殖細胞を誘導する系を用いて糖質(グルコース)の重要性を調べました。その結果、生殖細胞の形成においては、グルコースが特定の代謝経路を介してタンパク質の糖鎖修飾(注3)の基質として働くことが重要であることを突き止めました。  また妊娠マウスに糖質を含まない給餌を行うと、胎仔のタンパク質の糖鎖修飾が抑制され、生殖細胞形成と分化が阻害されることを明らかにしました。これらの結果は、妊娠期の糖質欠乏が、子の生殖機能に影響を与える可能性を示唆するものです。 本研究成果は10月16日、生命科学の専門誌EMBO Reports誌電子版に掲載されました。   図. 本研究の概要:生殖細胞形成における糖質代謝の役割。     【用語説明】 注1.    胚発生:多細胞生物の受精卵が細胞分裂を繰り返し成体になる過程。 注2.    多能性幹細胞:体を構成するほとんどすべての細胞に分化できる幹細胞。 注3.    糖鎖修飾:アミノ酸残基に糖鎖を付加する、タンパク質の主要な翻訳後修飾の一つ。   【論文情報】 Yohei Hayashi*, Yukiko Tando, Yumi Ito-Matsuoka, Kaho Ikuta, Asuka Takehara, Katsutaro Morino, Hiroshi Maegawa & Yasuhisa Matsui*. (2023) Nutritional and metabolic control of germ cell fate through O-GlcNAc regulation. EMBO Reports DOI:10.15252/embr.202356845 URL: https://www.embopress.org/doi/10.15252/embr.202356845     詳細(プレスリリース本文)   【関連リンク】 東北大学 東北大学加齢医学研究所   【問い合わせ先】 (研究に関すること) 東北大学加齢医学研究所 附属医用細胞資源センター 教授 松居 靖久、助教 林 陽平 TEL:022-717-8571 Email: yasuhisa.matsui.d3*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください) Email: yohei.hayashi.e2*tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください)   (報道に関すること) 東北大学加齢医学研究所 広報情報室 TEL: 022-717-8443 E-mail: ida-pr-office*grp.tohoku.ac.jp(*を@に置き換えてください) https://www.lifesci.tohoku.ac.jp/ ニホンミツバチは3つの異なる地域集団に区別できる 地域間のコロニー移動などが局所適応を妨げる可能性も 2023-10-10T11:00:00+09:00 発表のポイント 本州以南に生息する、日本唯一の野生ミツバチであるニホンミツバチは、国内で遺伝的に均一な集団が分布すると考えられていましたが、全ゲノム配列の解析により、大きく3つの異なる地域集団に区別できることを明らかにしました。 自然選択を受けた遺伝子の解析から、ニホンミツバチの異なる3地域への局所適応は温暖化などの気候変動に対して脆弱で、気温上昇に応じて分布を北上させることが困難である可能性が示唆されました。 異なる地域間で、人為的にコロニーを移動させることは、ニホンミツバチの局所適応を妨げる可能性があり、注意が必要なことを示唆しました。   概要  ニホンミツバチはトウヨウミツバチの1亜種で、本州以南に生息する日本で唯一の野生種ミツバチです。これまでの研究では、ニホンミツバチが国内で遺伝的に均一であるとされていました。  東北大学大学院生命科学研究科博士課程の若宮健(現在は東京都立大学理学部生命科学科特別研究員)と東北大学大学院生命科学研究科の河田雅圭教授(現在は東北大学総長特命教授)らの研究グループは、日本各地の105個体のニホンミツバチの全ゲノム配列を解析し、遺伝的に異なる3つの地域集団(北部、中央部、南部)を確認しました。さらに個体の遺伝的組成から、人為的に移入された個体かの判別が可能であることがわかりました。また、それぞれの遺伝的に分化した3地域への適応に関わる遺伝子の検出を試みた結果、本種が地域特異的な要因に適応していることが示唆されました。これらのことから、地域間のコロニーの人為的移動は、コロニーの適応状態を阻害する可能性が考えられます。  本研究の成果は、9月29日(現地時間)にEcology and Evolution誌に掲載されました。   詳細な説明 研究の背景  ニホンミツバチは本州以南の地域に生息する日本で唯一の野生種ミツバチです。本亜種は、古くからの伝統養蜂種としてだけでなく、植物の花粉媒介に貢献する送粉者として重要な生物です。ニホンミツバチは、本州、九州、四国および一部の離島に分布し、多様な生物環境で構成される日本の自然環境へ幅広い適応をみせています。南北に細長い形状の日本列島は、気温差、標高差、降水量差などのミツバチの生存に影響を与える要素を多く含むことから、日本列島内の異なる環境条件にそれぞれの地域集団が局所適応している可能性が予想されます。  これまでのミトコンドリアDNAなど、一部の遺伝情報を用いた研究で、ニホンミツバチは日本列島内に遺伝的に均一な集団が分布すると考えられていました。そこで、日本各地のニホンミツバチのゲノム配列を解析することで、日本列島内の集団の遺伝構造を可視化し、それぞれの地域内のどのような環境に適応しているのかを調べることが重要になります。   今回の取り組み  本研究では、日本列島全域から採集された計105個体のニホンミツバチの全ゲノム配列の情報を新たに解析しました。全ゲノムスケールの高解像度で集団の遺伝構造を評価した結果、日本列島内の集団は、大きく北部(東北-関東-中部地方)、中央部(中国地方)、南部(九州地方)の3つの地域に区別できることが明らかとなりました(図1)。また、各個体の遺伝的組成から、人為的に移動したと推定される個体とそうでない個体を判別することが可能でした(図2)。  続いて、3地域のそれぞれで自然選択を受けて局所適応に関係している候補遺伝子を検出しました。さらに、温度、積雪量、降水量など、南から北へ緯度にそって変化する環境に伴って頻度を変化させている環境適応に関する候補遺伝子の検出を行いました。その結果、各地域で局所適応している遺伝子は、緯度にそって変化する環境へ適応している遺伝子とは一致しませんでした。このことは、ニホンミツバチは、各地域の特異的な環境に適応しているため、温暖化による気温などの上昇に応じて北に移動するのを困難にしていることが示唆され、個体群の減少リスクを高める可能性があると考えられました。また、異なる地域間で個体を移動させることは、移動した個体が移動先の地域に適応できない可能性があることが示唆されます。  本研究で得られた進化学的知見は、ニホンミツバチの遺伝子型と地域ごとの形質(生物の特徴)の詳細な関係性を明らかにする基礎研究への接続が期待できます。   今後の展開  遺伝解析からミツバチ個体が、3つの地域集団のどこに由来するのかを判別する簡易的なシステムを開発することで、適切な移動制限や地域適性の診断などが可能になると期待されます。また、本研究で検出された局所適応に関わる候補遺伝子が具体的にどのような環境で、どのように適応に関与しているのかを調べることで、ニホンミツバチを保全していくための応用面での貢献が可能になると考えられます。   図1. ニホンミツバチにおける集団の遺伝的分化の概要。全ゲノム配列の解析から北部、中央部、南部の集団を遺伝的に区別できた。     図2. 遺伝的解析の結果から判明する移入個体。色は異なる遺伝的組成を示す。赤で囲った長方形は移入個体を示す。たとえば、左端の赤の長方形は福島から採集した個体であるが、遺伝的組成は南部であることを示している。     【謝辞】 本研究は、山田養蜂場みつばち研究助成基金(2017)、文部科学省科学研究費(JP18J21501)の支援を受けて行われました。     【論文情報】 Takeshi Wakamiya*, Takahiro Kamioka, Yuu Ishii, Jun-ichi Takahashi, Taro Maeda and Masakado Kawata* (2023) Genetic differentiation and local adaptation of the Japanese honeybee, Apis cerana japonica. Ecology and Evolution DOI:10.1002/ece3.10573 URL: https://onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1002/ece3.10573   詳細(プレスリリース本文)   【関連リンク】 東北大学 東京都立大学     【問い合わせ先】 (研究に関すること) 東北大学教養教育院 総長特命教授 河田 雅圭 TEL: 022-795-4974 Email: kawata(at)tohoku.ac.jp   (報道に関すること) 東北大学大学院生命科学研究科広報室 高橋さやか TEL: 022-217-6193 Emai: lifsci-pr(at)grp.tohoku.ac.jp   東北大学は持続可能な開発目標(SDGs)を支援しています https://www.lifesci.tohoku.ac.jp/ 生き物の分布推定ツール「オープンSDM」の公開 ―誰もが生物種分布モデルを学び使うことを支援するツール― 2023-10-04T14:00:00+09:00 概要  生物多様性の保全や気候変動、事業による影響評価の基礎となるのが、生き物がどこに生育しているのかという分布情報です。しかし、生き物の分布調査は大きな労力がかかり、網羅的に把握することは困難です。限られた実際の分布情報から広域的な分布を推定したり、将来の分布変化を予測するために、近年では生物種分布モデル(Species Distribution Models、以下「SDM」という。)が生態学の分野で多用されています。今後、気候変動適応策の立案、自然関連財務情報の開示などのために、地方自治体や事業者がSDMによる解析を必要とする状況が想定されますが、高度な専門知識が必要であること、また、既存のツールや学習のための素材はほとんどが英語であることが人材育成の障壁となっています。  国立環境研究所の気候変動適応研究プログラムと東北大学の研究チームは、SDM解析の手法を学習しながら、実際に解析することができる日本語ツール 「オープンSDM」を開発しました(図1)。オープンSDMは初心者から専門家まで幅広いユーザーを想定しており、地域スケールでの解析に適した高解像度のデータを使用することも可能です。本ツールの活用により、多様な主体による生物多様性保全のための評価や、気候変動適応策の立案が促進されると期待されます。       図1 「オープンSDM」の操作画面。データベースから生き物の分布情報や環境データをダウンロードし、SDMを構築して、分布予測やモデルの精度評価を行うところまで一貫して学習・操作できる。操作画面のほか、エラーメッセージやガイダンスなども日本語化されている。      オープンSDMは、国立環境研究所気候変動適応研究プログラムの一環として開発され、気候変動適応に関する総合情報サイトA-PLATから、誰でも自由に初心者向けの日本語解説資料とともにダウンロード可能です(https://adaptation-platform.nies.go.jp/map/open_sdm.html)。     詳細(プレスリリース本文)       【関連リンク】 国立研究開発法人国立環境研究所 東北大学 東北大学理学研究科     【問い合わせ先】 (研究に関すること) 東北大学大学院生命科学研究科 准教授 Jamie M. Kass TEL:022-795-6690 Email:kass@tohoku.ac.jp   (報道に関すること) 東北大学生命科学研究科広報室 高橋 さやか TEL:022-7217-6193 Email:lifsci-pr(at)grp.tohoku.ac.jp     https://www.lifesci.tohoku.ac.jp/ 栄養環境に応答した脱分化現象の同定 ―絶食後の再摂食は腸管内分泌細胞を幹細胞へとリプログラミングする― 2023-09-11T10:00:00+09:00 発表のポイント ショウジョウバエ個体が絶食から回復した際に、腸管上皮における内分泌細胞が腸管幹細胞へと脱分化を起こし、腸管サイズの適応成長を促進することを明らかにしました。 これまで、脱分化は損傷再生時やがん病変において起こることが知られていました。本研究では、脱分化が栄養環境の変化によっても誘導され、組織の環境適応に重要な役割を果たしていることを見出し、細胞運命の可塑性に関する理解を前進させました。 昆虫と同様に、哺乳類などにおいても腸管の適応成長が起こることを考えますと、本研究で見出した栄養依存的な脱分化現象が生物種に広く保存され、腸管機能の制御に寄与していることが期待されます。     栄養環境の変動に応じた腸管内分泌細胞の脱分化モデル図     発表概要  東京大学大学院薬学系研究科の長井広樹博士研究員、三浦正幸教授、中嶋悠一朗講師らによる研究グループは、同大学定量生命科学研究所、北海道大学、東北大学、大阪大学と共同で、栄養環境に応じた腸管サイズ増大において、分化した腸管内分泌細胞が腸管幹細胞へと脱分化(注1)を起こすことを明らかにしました。これまで、脱分化は、組織損傷によって幹細胞が失われた際や、組織がん化の際に起こることが知られていましたが、生理的な条件下で脱分化が起こりうるかは不明でした。本研究グループは、ショウジョウバエ成虫の腸管において、蛹から羽化した直後の食餌摂取、あるいは絶食後の再摂食時に腸管幹細胞が増加することに着目し、このとき腸管内分泌細胞が栄養摂取に応答して脱分化を起こしていることを見出しました。また、脱分化由来の幹細胞を腸管から除去する実験系を構築し、脱分化が栄養摂取に応じた幹細胞数の増加と、それに続く腸管サイズの増大に必須であることを示しました。さらに、この栄養依存的な脱分化現象を誘導するメカニズムとして、食餌中のグルコースとアミノ酸量に反応してJAK-STATシグナル(注2)が腸管内分泌細胞で活性化することの重要性を解き明かしました。  食事摂取量に対する腸管サイズの適応反応は多様な生物種で観察されており、JAK-STATシグナルは哺乳類において損傷再生時の脱分化誘導を担っています。こうした知見から、本研究で発見した栄養依存的な脱分化現象は、ショウジョウバエのみならず、哺乳類を含む進化的に保存された機構であることが期待されます。また、細胞運命の可塑性は、腫瘍化や化生(注3)といった病態とも関連があり、本研究成果が栄養環境と疾患を結ぶ手がかりとなる可能性があります。   【用語説明】 (注1)脱分化 分化した細胞が幹細胞へと戻る現象。生体内の組織には各組織の機能に特化した多様な分化細胞が存在しており(例:腸管上皮における吸収上皮細胞と内分泌細胞)、それらの細胞種は組織幹細胞(例:腸管幹細胞)によって日々生み出されています。定常時において、組織幹細胞から分化した細胞は他の細胞種に変化することはなく、最終的には細胞死を起こして組織から除去されると考えられています。しかし、損傷などで組織から幹細胞が失われると、分化細胞が再び幹細胞へと戻る(幹細胞へのリプログラミング、脱分化する)ことで損傷再生を可能にします。脱分化は動植物に共通した細胞の振る舞いであり、哺乳類においても、腸管、肝臓、膵臓、脳など多くの器官で損傷時や病態下における脱分化が報告されています。   (注2)JAK-STATシグナル 生体内の組織において、細胞と細胞の間で行われる情報交換(シグナル伝達)の様式の1つ。ショウジョウバエでは、一方の細胞がIL-6様サイトカインであるUpd分子(Upd1, Upd2, Upd3)を分泌し、他方の細胞では受容体Domelessでそれらの分子を受容します。その結果、受け手側の細胞内では最終的に転写因子Stat92Eが活性化し、ターゲット遺伝子の発現を誘導します。JAK-STATシグナルは生物種を越えて広く保存されており、細胞増殖、分化、炎症反応など様々な細胞応答を制御しています。   (注3)化生 組織を構成する細胞種が構造的あるいは機能的に異なる別の細胞種へと変化することで、組織機能が損なわれる病態。代表的なものに、食道の上皮細胞が胃の上皮細胞様に変化するバレット食道や、ピロリ菌感染時の炎症などによって胃粘膜上皮が腸粘膜上皮に転換する腸上皮化生が挙げられます。     【論文情報】 Hiroki Nagai*, Luis Augusto Eijy Nagai, Sohei Tasaki, Ryuichiro Nakato, Daiki Umetsu, Erina Kuranaga, Masayuki Miura, and Yu-ichiro Nakajima* (2023) Nutrient-driven dedifferentiation of enteroendocrine cells promotes adaptive intestinal growth in Drosophila. Developmental Cell DOI : 10.1016/j.devcel.2023.08.022 URL : https://cell.com/developmental-cell/fulltext/S1534-5807(23)00437-9     詳細(プレスリリース本文)     【関連リンク】 東京大学 東北大学 東北大学学際科学フロンティア研究所   【問い合わせ先】 (報道に関すること) 東北大学学際科学フロンティア研究所企画部 特任准教授 藤原英明 TEL:022-795-5259 Email:hideaki(at)fris.tohoku.ac.jp     https://www.lifesci.tohoku.ac.jp/ オタマジャクシも数がわかる? ―群れるとき、同種のサイズより数量を重視することを発見― 2023-09-07T11:00:00+09:00 https://www.soken.ac.jp/news/2023/20230907.html