GO TOP

研究分野

分子化学生物学専攻 :
分子ネットワーク講座

研究

渡辺 正夫

教授 渡辺 正夫
キャンパス 片平 キャンパス
所属研究室 植物分子育種
連絡先 022-217-5681
E-mail nabe@ige.tohoku.ac.jp
ホームページ http://www.ige.tohoku.ac.jp/prg/watanabe/
Google scholar

http://scholar.google.com/citations?user=XaqBhzMAAAAJ

Researcher ID

http://www.researcherid.com/rid/E-6300-2011

 渡辺は、愛媛県今治市で高校時代までを過ごしました。今治市は3本かかる本四連絡橋のうち、今治-尾道ルートの四国側の玄関口で、タオルと造船の町です。近年、「今治タオル」や、ゆるキャラの「バリィさん」がずいぶんと「今治」の知名度を上げてくれているので、ご存じの方が増えてきているのかもしれません。1984年4月に東北大農学部農学科に入学し、大学院の途中から助手に着任し、13年ほど仙台で過ごしました。1997年12月に岩手大農学部助教授に昇任し、7年あまり盛岡で教育研究を行ったあと、2005年4月から教授として本研究科に着任しました。着任と同時に、「植物生殖遺伝分野」を立ち上げ、植物の生殖、特に、「アブラナ科植物の自家不和合性」における自他識別機構の解明を行い、NatureやScienceをはじめとした世界的にも高く評価されている学術雑誌に論文を発表してきました。

 これらを踏まえて、今回の改組に伴い、分野名を「植物分子育種分野」へ改めることに決めました。この名前には2つのコンセプトが込められています。まず、研究対象やターゲットする形質を植物の「生殖」に限らず、広く「植物」科学分野全体で未開な領域としていくこと。次に、得られた現象の鍵因子・遺伝子を改変することにより、農作物の「分子育種」をも見据えていくことです。これらを実現するために、領域横断的な共同研究をより進めていきます。不思議なことに、仙台にもどってから昨年度までで13年になります。今年度からはじまる「植物分子育種分野」での渡辺の教育研究があと13年であり、ちょうど折り返しの時期に分野名を変えて再出発できることが、不思議な人生の巡り合わせだと思っています。

 今まで「アブラナ科植物の自家不和合性」研究の中で見いだした興味深い機能分子(低分子ペプチド・受容体型キナーゼ・低分子RNAなど)は、植物の生長・分化・形態形成にも機能しているであろうし、「環境適応」という動けない植物ならではの応答にも関係している、と我々は考えています。これらのメカニズムを生物情報工学・構造生物学・生化学・有機化学などの境界領域研究や、さらには、工学・社会科学・人文科学など今まで融合が難しかった領域との共同研究で明らかにし、新規技術開発等を進めることで、新しい分子育種のあり方を探っていきます。全ての人類にとって植物は、食糧として重要な位置を占めています。それは、これからも不変です。植物の、とある1つの現象に対して鍵分子を理解するという「基礎科学」的側面、そのメカニズムを品種改良など分子育種に実用する「応用科学」的側面、どちらも同等に扱うことができる人材育成を目指した研究室にしたいと思っています。

 植物という「生命」の基礎を理解し、さらに応用的な研究を世界レベルで展開してみたいと思う方、ぜひ研究室に足を運んでください。今までとは、異なった植物像が見える研究室ですので。お待ちしております。

経歴
H3・4 東北大学助手 農学部(採用)
H8・6 大阪大学蛋白質研究所共同研究員(併任)
H9・2 国立遺伝学研究所共同研究員(併任)
H9・12 岩手大学助教授 農学部(昇任)
H13・4 第11回日経BP技術賞大賞・受賞
H14・9 岡山大学資源生物科学研究所非常勤講師(併任)
H14・11 第1回日本農学進歩賞・受賞
H17・4 東北大学大学院生命科学研究科教授(昇任)
H17・4 岩手大学21世紀COEプログラム特任教授(併任)
H19・6 東京大学理学部非常勤講師(併任)
H21・4 鹿児島大学大学院理工学研究科非常勤講師(併任)
H21・4 鹿児島県立錦江湾高等学校・SSH重点枠運営指導委員会委員(併任)
H22・5 仙台市立七北田小学校・学校評議員(併任)
H22・5 宮城県仙台第三高等学校・SSH運営指導委員会委員(併任)
H21・3 第7回日本学術振興会賞・受賞
H23・4 香川県立観音寺第一高等学校・SSH運営指導委員会委員(併任)
H23・4 岩手県立盛岡第三高等学校・SSH運営指導委員会委員(併任)
H24・4 福島県立福島高等学校・SSH運営指導委員会委員(併任)
H24・10 日本育種学会第122回講演会優秀発表賞・受賞
H25・3 東北大学総長教育賞・受賞(「科学者の卵養成講座」実施委員会)
H25・4 科学技術分野(科学技術賞・理解増進部門)の文部科学大臣表彰
H26・3 平成25年度野依科学奨励賞・受賞
H26・9 三重大学大学院生物資源学研究科非常勤講師(併任)
H27・6 名古屋大学大学院生命農学研究科非常勤講師(併任)
H28・4 理化学研究所仁科加速器研究センター・客員研究員(併任)
H28・4 仙台市立片平丁小学校・学校評議員(併任)
H29・12 日本育種学会第132回講演会優秀発表賞・受賞
H30・1 東北大学全学教育貢献賞・受賞
H30・1 日本遺伝学会「遺伝学教育用語検討委員会」委員(併任)
H30・3 東北大学総長教育賞・受賞

現在に至る

著書・論文
  1. Suzuki et al. (1999) Genomic organization of the S locus: Identification and characterization of genes in SLG/SRK region of an S9 haplotype of Brassica campestris (syn. rapa). Genetics 153: 391-400.
  2. Takasaki et al. (2000) SRK determines the S specificity of stigma in self-incompatible Brassica. Nature 403: 913-916.
  3. Takayama et al. (2000) The pollen determinant of self-incompatibility in Brassica campestris. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 97: 1920-1925.
  4. Watanabe et al. (2000) Highly divergent sequences of the pollen self-incompatibility (S) gene in class-I S haplotypes of Brassica campestris (syn. rapa) L. FEBS Lett. 473: 139-144.
  5. Hatakeyama et al. (2001) The S receptor kinase gene determines dominance relationships in stigma expression of self-incompatibility in Brassica. Plant J. 26: 69-76.
  6. Takayama et al. (2001) Direct ligand-receptor complex interaction controls Brassica self-incompatibility. Nature 413: 534-538.
  7. Shiba et al. (2002) Dominant/recessive relationship in pollen expression of self-incompatibility is determined by the transcriptional level of the pollen determinant gene in the S-heterozygotes of Brassica. Plant Cell 14: 491-504.
  8. Murase et al. (2004) A membrane-anchored protein kinase involved in Brassica self-incompatibility signaling. Science 303: 1516-1519.
  9. Endo et al. (2004) Identification and molecular characterization of novel anther-specific genes in japonica rice, Oryza sativa L. by using cDNA microarray. Genes Genet. Syst. 79: 213-226.
  10. Shiba et al. (2006) Dominance relationships between self-incompatibility alleles controlled by DNA methylation. Nature Genet., 38: 297-299.
  11. Chhun et al. (2007) Gibberellin regulates pollen viability and pollen tube growth in rice. Plant Cell 19: 3876-3888.
  12. Suwabe et al. (2008) Separated transcriptomes of male gametophyte and tapetum in rice: validity of a laser microdissection (LM) microarray. Plant Cell Physiol. 49: 1407-1416.
  13. Tsuchimatsu et al. (2010) Evolution of self-compatibility in Arabidopsis by a mutation in the male specificity gene. Nature 464: 1342-1346.
  14. Tarutani et al. (2010) Trans-acting small RNA determines dominance relationships in Brassica self-incompatibility. Nature 466: 983-986.
  15. Watanabe et al. (2012) Molecular genetics, physiology and biology of self-incompatibility in Brassicaceae. Proc. Jpn. Acad. Ser. B. 88: 519-535.
  16. Osaka et al. (2013) Cell type-specific transcriptome of Brassicaceae stigmatic papilla cells from a combination of laser microdissection and RNA sequencing. Plant Cell Physiol. 54: 1894-1904. (Research Highlight selected, Cover Photo selected)
  17. Hiroi et al. (2013) Time-lapse imaging of self- and cross-pollination in Brassica rapa L. Annals Bot. 112: 115-122.
  18. Maeda et al. (2016) Comparative analysis of microRNA profiles of rice anthers between cool-sensitive and cool-tolerant cultivars under cool-temperature stress. Genes Genet. Syst. 91: 97-109.
  19. Yasuda et al. (2016) Complex dominance hierarchy is controlled by polymorphism of small RNAs and their targets. Nature Plants 3: 16206.
  20. Takada et al. (2017)Duplicated pollen-pistil recognition loci control intraspecific unilateral incompatibility in Brassica rapa. Nature Plants, 3: 17096.
所属学会

日本育種学会、日本遺伝学会、日本植物生理学会、日本植物細胞分子生物学会、日本分子生物学会

担当講義

生命科学概論B(工学部・1年次)、大学生のレポート作成入門 -図書館を活用したスタディスキル-(全学部・1年次)、展開ゼミ(全学部・1年次)、分子化学生物学概論(大学院)、先端分子化学生物学特論II(大学院)、生態学合同講義(大学院)

最近の研究について

 渡辺は、30年あまり「アブラナ科植物の自家不和合性」を「基幹」とした研究を展開してきました。その歴史を振り返ることで、将来の研究の方向性が見えてくると思います。その当たりも含めて「最近の研究」として記したいと思います。

 植物も「生命体」ですので、遺伝的多様性を保つことが重要です。一方で、植物の花には多くの場合、雄しべと雌しべが同居しており、構造的には自殖が起きやすい構造をしています。ただし、植物が動くことができず、昆虫・風のようなものによって花粉を運んでもらわないと受粉が成立しないことを考えれば、雌雄の同居は、ある程度、理解できる側面もあります。こうした自殖をできるだけ避けるために、植物は雌雄異株・雌雄異熟などの仕組みを発達させてきましたが、その最も進化した形といわれているのが「自家不和合性」という仕組みです。これは、雌しべが自己花粉(S遺伝子型が同じ花粉)を拒絶して、非自己花粉(S遺伝子型が違う花粉)と受精をするというものです。この現象は、古くはダーウィン以前から知られていましたが、ダーウィンが植物の持つ不思議な能力として、いくつかの著書にその調査結果を公表したことから、有名になった形質の1つです(Watanabe et al. 2012)。

 アブラナ科植物の自家不和合性は、 胞子体的に機能する1遺伝子座S複対立遺伝子系で説明されています(Watanabe et al. 2003)。渡辺が研究を始めた頃、S遺伝子の実態は不明でした。研究開始から10年あまりで、花粉側S因子が低分子ペプチド(SP11; Suzuki et al. 1999, Takayama et al. 2000, Watanabe et al. 2000)、雌ずい側S因子がレセプター型キナーゼ(SRK; Takasaki et al. 2000)であり、SP11とSRKが対立遺伝子特異的に相互作用することでSRKがリン酸化され、自己花粉の情報が雌ずい内に伝達される(Takayama et al. 2001)ということを明らかにしました。さらに、SRKは下流因子のMLPKと相互作用し(Murase et al. 2004)、最終的に、自己花粉の柱頭内への花粉管侵入を防ぐことを解明しました。また、モデル植物であるアブラナ科植物のシロイヌナズナは自家和合性ですが、その近縁種は自家不和合性であることから進化の過程で自家不和合性を失ったと考えられ、その自家和合性の原因が花粉側S因子SP11の逆位であることを発見しました。さらに、その逆位を戻して遺伝子導入することで自家不和合性のシロイヌナズナを再現できることを証明しました(Tsuchimatsu et al. 2010)。このことは、言葉を換えれば、「進化の逆回転」が実験的に可能であることを示した一端でもあります。

 さらに、アブラナ科植物における自家不和合性の特徴として、S対立遺伝子の発現が胞子体的に機能することから、S対立遺伝子へテロ個体でS対立遺伝子間に優劣性が生じるという特徴があります。柱頭側と花粉側の優劣性は独立しており、柱頭側の優劣性に関しては、雌ずい側S因子・SRKが優劣性も制御していることを証明しました(Hatakeyama et al. 2001)。一方、花粉側の優劣性は、花粉側S因子・SP11遺伝子の劣勢対立遺伝子のプロモーター領域がメチル化されることによって遺伝子発現が抑制されることを発見しました。つまり、花粉側の優劣性は、メチル化というエピジェネティクな制御を受けており、SP11劣性対立遺伝子のメチル化には、S遺伝子座上に由来する低分子RNAが関連していることを証明しました(Shiba et al. 2002, Shiba et al. 2006, Tarutani et al. 2010, Yasuda et al. 2016)。この一連の自家不和合性研究の過程において、トルコと日本という異なる集団間で、自家不和合性遺伝子座とは独立した遺伝子によって制御されている新規な一側性不和合性現象を発見しました。この現象は、S遺伝子座が異なる染色体に遺伝子重複し、機能分化が起きたことによる新規な機能獲得によるものであること、さらには、種分化にも関連している可能性を示しました(Takada et al. 2017)。

 ここまで記したように、アブラナ科の自家不和合性という生殖に関わる一形質を研究することを通じて、「低分子ペプチド」・「受容体型キナーゼ」・「情報伝達」・「進化」・「優劣性」・「エピジェネティクス」・「メチル化」・「低分子RNA」・「遺伝子重複」などの植物の生長・生殖・分化に共通かつ重要な機能因子を学ぶことになりました。このことは、1つのことを深く極めることが横への広がりを持った研究に繋がる、という事を示した一例だと言えるでしょう。上述の自家不和合性研究に加えて、高等植物の生殖器官特異的に発現する遺伝子(mRNA、低分子RNA)を、DNAマイクロアレイ・レーザーマイクロダイセクション・次世代シークエンサーなどを利用して同定してきました(Endo et al. 2004, Suwabe et al. 2008, Osaka et al. 2013, Maeda et al. 2016)。これらの遺伝子の機能解明が、生殖形質だけでなく、それ以外の形質にも関連している可能性があることから、今後の発展が期待できる領域だと考えています(Chhun et al. 2008)。こうした遺伝子解析に加えて、花粉動態の検出系も確立しました(Hiroi et al. 2013)。一見、静的に見える植物は、実は非常に動的に活動しています。その検出・観測系を領域融合的に確立することで、これまでにない植物に対するアプローチを確立していきたいと考えています。これらの研究結果を総合して、将来の「植物分子育種」の基礎基盤を構築するとともに、新たな「植物育種学」像を構築できればと思っています。

メッセージ

 座右の銘というわけではないですが、好きな言葉に、「環境は人を創り、人は環境を創る」という理化学研究所所長・原子物理学者・仁科芳雄博士の言葉があります。今の自分があるのは、これまで関わってくれた人や物という環境のおかげ。そうしてできあがった自分が、周りの環境に対してどの様に影響し、新しい環境を創り上げるのか、ということではないかと思っています。そうした先達・始祖からの連綿と連なる教えというか、教育研究があったからこそ、今があり、未来があるのだと。だからこそ、今日という日がどんなにつらくても、明日という未来のためにがんばることができるのだと思います。今日のがんばりを明日という「すばらしい未来・環境の創造」という目標として掲げ、日々の活動の大変さにも耐えて、NatureやScienceという世界的に評価されている国際雑誌に論文を掲載できたのだと思います。もちろん、その中には、共に教育研究を支えてくれた数多くの師匠・共同研究者・学生・アルバイト、また、陰を支えてくれてきた方々には、いつも感謝の念に絶えません。この場を借りて、感謝申し上げます。ありがとうございます。

 昨今の理科離れ防止ということで、小学校から高校で1,000件を超える出前講義などのアウトリーチ活動を行い、児童・生徒のみなさんから頂いた29,000通を超える手紙に対して、個別の返事を書いてきました。こうした活動を通して、普段の生活の中にある「生命の不思議」に気がつく心を醸成し、小学校から大学院まで一貫して教育できればと思っています。さらには、講義をした児童生徒のみなさんたちと、またどこかで会うことができるのを楽しみにしています。