研究概要

植物ホルモンやその信号伝達系の起源と進化

ヒメツリガネゴケ

ストリゴラクトン

 約4億年以上前、植物は海から陸へと進出し、過酷な環境に適応しながら繁栄を遂げました。その背景には、アーバスキュラー菌根菌(AM菌)と呼ばれる糸状菌との共生関係があります。AM菌は植物の根に共生し、リンをはじめとする無機栄養素の吸収を助けます。陸上植物の約80%がAM菌と共生をしています。
 植物が陸上に進出した際、AM菌との共生システムを進化させたことで、リンを効率的に吸収できるようになったと考えられています。この共生を支える物質が「ストリゴラクトン」です。ストリゴラクトンは植物ホルモンとして植物の成長を調節するとともに、根から土壌に分泌され、AM菌との共生を促すシグナル物質として機能します。多面的な機能をもつストリゴラクトンですが、これまでその起源は知られていませんでした。
 私たちの研究で、コケ植物ではストリゴラクトンがAM菌との共生に必要な根圏シグナル物質として機能する一方、植物ホルモンとしては働いていないことがわかりました。さらに、種子植物の祖先がストリゴラクトン受容体遺伝子を獲得したことで、ホルモンとしての役割も持つようになったことを実験的に証明しました(Kodama et al. 2022)。
 また、土壌中のリン濃度が低下すると、植物はストリゴラクトンの生合成および分泌を増加させ、AM菌との共生を強化します。この調節機構は、陸上植物の共通祖先において確立され、陸上での繁栄を支えた基盤と考えられます。現在、私たちはコケ植物の一種であるフタバネゼニゴケを使って、リン不足に応じてストリゴラクトンがどのように作られ、いつ、どこで分泌されるのか、その制御の仕組みを調べています。

KAI2シグナル伝達

 KAI2は、ストリゴラクトン受容体D14のパラログであり、KAI2リガンド(KL)と呼ばれる未同定の分子を認識します。KAI2シグナル伝達は、種子の発芽、光形態形成、栄養繁殖などの重要なプロセスに関与しています。
 KAI2はすべての陸上植物および藻類に保存されていますが、MAX2(F-boxタンパク質)やSMXL(転写抑制因子)といったKAI2シグナル伝達下流の構成要素は多くの藻類には存在しないか、部分的にしか存在しません。このことから、藻類は陸上植物に見られる複雑な調節システムとは異なる、祖先的なKAI2シグナル伝達系を有している可能性が考えられます。

 私たちは、陸上植物に最も近縁な系統である接合藻類に属する単細胞藻類、ヒメミカヅキモ(Closterium psl.)を使って研究を行なっています。ヒメミカヅキモはゲノム配列が解読済みであり、形質転換系も確立されているため、KAI2シグナル伝達の進化を研究するのに最適なモデルです。本研究を通じて、植物が陸上に進出した初期段階におけるKAI2シグナル伝達の起源と多様化の過程を解明することを目指しています。

Kodama K, Rich MK, Yoda A, Shimazaki S, Xie X, Akiyama K, Mizuno Y, Komatsu A, Luo Y, Suzuki H, Kameoka H, Libourel C, Keller J, Sakakibara K, Nishiyama T, Nakagawa T, Mashiguchi K, Uchida K, Yoneyama K, Tanaka Y, Yamaguchi S, Shimamura M, Delaux P-M, Nomura T, Kyozuka J. An Ancestral Function of Strigolactones as Symbiotic Rhizosphere Signals. Nat Commun. 2022. Jul. 8. DOI: 10.1038/s41467-022-31708-3


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