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需要―供給バランスに依存する花と昆虫の取引のネットワーク ―効率のよい取引を妨げる送粉のジレンマ―

需要―供給バランスに依存する花と昆虫の取引のネットワーク ―効率のよい取引を妨げる送粉のジレンマ―

2020.08.20 17:00

概要

 
 ハナバチなどの昆虫は、花蜜を対価に、花から花へと花粉を運ぶ「送粉サービス」を提供します。提供するサービスの質は、昆虫によってさまざまです。結実には同じ種類の植物の花粉が必要なため、特定の植物種だけを相手にする「専門店」の昆虫の方が、質の高いサービスを提供します。昆虫にとっても、自分だけを利用してくれる植物は確実に蜜を得られる「お得意さん」です。しかし実際の生態系では、専門店とお得意さんの関係は多くはありません。
 京都大学生態学研究センター 酒井章子 教授・東北大学生命科学研究科 近藤倫生 教授らの研究グループは、その理由をゲーム理論にもとづいて解析し、専門店とお得意さんの関係はサービスの需要と供給が釣り合っているときにしか維持できないことを明らかにしました。どちらかが多すぎると、植物同士、昆虫同士の競争が、効率のよい関係を壊してしまうのです。この研究では、この現象を「送粉のジレンマ」と名付けました。生態系では、いろいろな生物が複雑な取引のネットワークを作っていますが、今後それらのネットワークについて、需要と供給のバランスという新しい視点での研究が進むことが期待されます。
 本成果は、2020年8月20日にWiley-Blackwellおよびフランス国立科学研究センターが発行する国際学術誌「Ecology Letters」にオンライン掲載されます。
 
 
 1.背景
 ハナバチなどの花を訪れる昆虫は、花蜜や花粉を対価に、花から花へと花粉を運ぶ「送粉サービス」を提供します(図1)。送粉サービスを提供する昆虫の中には、たくさんの種類の花を訪れる昆虫もいれば、限られた種類の植物の花のみを選んで訪れるものもいます。結実には同じ種類の植物の花粉が必要なため、同じ種類の植物だけを訪れる「専門店」の昆虫の方が、質の高いサービスを提供し、植物にとってはありがたい相手です。昆虫にとっても、自分だけを利用してくれる植物は、確実に蜜を得られる「お得意さん」です。このような生物間の取引では、お互いに得する効率のよい関係である専門店とお得意さんへと進化していくのだと考えられて来ました。ところが、実際の生態系で取引のネットワークを調べてみると、専門店とお得意さんの組み合わせはとても少ないことがわかってきました(図2)。
 
図1.アザミの花を訪れるマルハナバチ。顔についている白い粉は花粉である。花を訪れ蜜を吸ううちに、花粉を花から花へ運んで送粉サービスを提供する。 
 
 
図2.京都大学芦生演習林の昆虫と植物の送粉サービスのネットワーク(Kato et al. 1990のデータに基づき作成)。色が塗られた円は昆虫、植物の種で、色は分類群、円の大きさは、ネットワークの中でのその種の重要性を示している。昆虫がその植物を訪れていた場合に線で結ばれている。お互いに限られた相手としか取引しない「専門店」と「お得意さん」の関係はほとんどみられない。
 
 
2.研究手法・成果
 本研究グループは、植物がどのような条件のもとで質の高い送粉サービスを得られるよう進化できるのか、ゲーム理論に基づいたモデルを解析することで検討しました。このモデルでは、複数の植物種、複数の昆虫種がプレイヤーとなり、それぞれが利得にもとづいて、だれと取引するのかを決めていきます。
 本研究で特に注目したのは、送粉サービスの需要と供給のバランスです。サービスが十分供給されていて余り気味のときには、いわば買い手市場のような状況になり、買い手である植物は、蜜・花粉を与える昆虫を選ぶことで、受けるサービスの質を高めることができます。しかし、サービスが足りない売り手市場では、買い手はより好みできず、全体のサービスの質は下がってしまいます。このとき植物は、昆虫をお互いに使い分けた方が得になるにも関わらず、取り合って損をしてしまいます。本研究では、このような状況を、ゲーム理論でよく知られている囚人のジレンマの状況とよく似ていることから、「送粉のジレンマ」と名付けました。
 
 
3.波及効果、今後の予定
 生態系では、いろいろな生物が複雑な取引のネットワークを作っています。このネットワークの構造は、生態系によって違っていることが報告されていますが、その理由についてはほとんどわかっていません。今後、生物の間のいろいろな取引のネットワークの理解において、需要と供給のバランスという新しい視点での研究が進むことを期待しています。
 
 
4.研究プロジェクトについて
関連研究機関:リバプール大学(英国)・東北大学・ミュンスター大学(ドイツ)・オスナブリュック大学(ドイツ)
予算:学術振興会科研費(16H04830, 16H04846, 19H05641)、German Science Foundation (SPP 1399, TE 976/2-1)、TE-976/4-1)、Volkswagen Foundation’s evolutionary biology initiative、学術振興会―ドイツ学術交流会二国間交流事業.
 
 
【用語解説】
ゲーム理論:社会や自然界における複数主体(プレイヤー)が関わる意思決定の問題や行動の相互依存的状況を解析するための理論。
囚人のジレンマ:お互いに協力する方が協力しないより双方にとって得になることが分かっていても、協力しない者がより利益を得る状況では互いに協力しなくなるというジレンマ。  
 
【研究者のコメント】
本研究を行うにあたって、経済の専門家からのアドバイスが大変参考になりました。契約やルールのない生物の間の取引は、人間社会に見られる取引とはいろいろな点で違っていますが、経済学から得られる示唆はもっとあるのではないかと感じました。 
 
【論文タイトルと著者】
タイトル:Evolutionary stability of plant-pollinator networks: efficient communities and a pollination dilemma
(植物―送粉者ネットワークの進化的安定性:効率のよい群集と送粉のジレンマ)
著  者:Soeren Metelmann, Shoko Sakai, Michio Kondoh, Arndt Telschow
掲 載 誌:Ecology Letters 
 
 
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生命科学研究科広報室
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