Research subjects
多くの病原性細菌は,宿主の赤血球を破壊するために,膜孔形成毒素と呼ばれる蛋白質を分泌する.膜孔形成毒素は,可溶性の単量体蛋白質として分泌されるが,赤血球に接すると,細胞膜上で膜孔中間体と呼ばれる円状の会合体を形成した後,大きく形を変えて膜孔と呼ばれる孔をあけて赤血球を殺傷する.興味深いことに,膜孔を形成して細胞を殺傷するという手段は,哺乳類の免疫系においても用いられており,従って,膜孔形成は様々な生物が普遍的に用いる攻撃の戦略であると言える.黄色ブドウ球菌の産生する2成分性の膜孔形成毒素の膜孔中間体および膜孔の立体構造解析に成功し,膜孔形成過程の動的な機構を解明している。 ・Yamashita et al., Nature Commun., 5, 4897 (2014) 他
Drp35 (35-kDa drug-responsive protein)は,黄色ブドウ球菌が細胞壁合成阻害系の抗生物質や界面活性剤に曝された際に発現される蛋白質であり,そのため,薬剤耐性に関与すると考えられている.既往の研究から,Ca2+依存性のラクトナーゼ活性を有することが知られている(Scheme 1). 我々は,Drp35のラクトナーゼ活性発現機構を解明するために,Drp35の立体構造解析と変異体解析を行った.構造解析の結果,Drp35はsix-bladed β-propeller構造を有しており,2つのCa2+が結合していることがわかった.Ca2+は中心部分と分子表面に結合していたが,ホモログ蛋白質間で保存されている残基の変異体の活性を比較した結果から,中心部分のCa2+が活性に重要であることがわかった.活性部位周辺の残基の更なる変異体解析とD138N変異体の構造解析から,Ca2+とAsp138,Asp236が関与する新規なラクトナーゼ活性発現機構が提案された.
黄色ブドウ球菌は20種類の細胞表層蛋白質を有しているが,ゲノム解析の結果,その中でとりわけ分子量の大きな蛋白質としてEbh(extracellular matrix binding protein homologue)が見出された. Ebhは約1.1 MDaの巨大蛋白質であり,機能ドメインとして126残基からなるコア配列を52回繰り返して有している.これまで,X線結晶構造解析,円偏光二色性,小角X線散乱によりEbhの構造を解析した.2つのドメインが連結した蛋白質のX線結晶構造解析を行った結果, three-helix bundle構造の各ドメインが縦方向に連続して結合した約120 Aの棒状の構造であることが明らかになり,ドメイン間には,ある程度のフレキシビリティが確認された. 次に,1,2,4,10個のドメインが連結した蛋白質を調製し,各々の蛋白質について小角X線散乱による構造解析を行ったところ,いずれの分子も溶液中で棒状の分子として存在しており,またドメインの数が増えるにつれて分子長が長くなることが明らかになった.各蛋白質の円偏光二色性スペクトルが完全に一致したことから,各々のドメインは同一の構造を有していることが示された.さらに,10個のドメインが連結した蛋白質の電子顕微鏡像を観測したところ,長さ520 Aのひも状の分子が確認された.以上の結果から,全長のEbhがドメイン間でフレキシビリティをもった約320nmのひも状の分子であることが提案された.
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FtsZは真正細菌の細胞分裂に必須の蛋白質であり,新たな抗菌分子のターゲットとしても注目されている蛋白質である.細胞分裂過程において,FtsZは自己重合し直線状のフィラメントを形成する.さらに,このフィラメントの形状はFtsZの持つGTPaseによって湾曲化すると考えられている.我々は,FtsZ分子の立体構造変化がフィラメント内の分子間相互作用に影響を及ぼしフィラメントの湾曲化を引き起こす予測し,FtsZやその変異体の立体構造解析を行った.構造解析の結果,我々は世界で初めてFtsZが2種類のコンフォメーションを持ち,各コンフォメーション間で構造遷移が生じる事を明らかにした.また,FtsZと阻害化合物との複合体立体構造解析の結果,この阻害化合物がコンフォメーション変化に重要なヒンジ領域に結合することでFtsZの構造変化を抑制し,FtsZの機能と細胞分裂を阻害する阻害機構を提唱した.
植物や微生物の二次代謝産物にはペニシリンを始めとした非常に多くの抗菌活性低分子化合物が見出されている.これまでに,ペプチド系抗生物質や抗菌活性を持つアルキルキノロン等の生合成酵素の立体構造解析による触媒反応機構を明らかにしている.さらに,立体構造情報を活用し,触媒活性部位を改変して非天然基質を受入れ新規抗菌活性分子を創生可能な人工酵素の開発も進めている.