発表のポイント
- 脳内の局所環境情報を光ファイバーで読み出す新技術を開発した。
- マウスを用いて、脳内代謝を司る視床下部の環境をファイバーフォトメトリー法注1で光計測し、てんかんの発展にともなう脳内グリア細胞注2内のカルシウム、pH、脳血流量のダイナミクスを追跡した。
- グリア細胞の酸性化応答が明らかになり、グリア細胞から神経細胞への作用がてんかん注3の増悪化に関与する可能性が示唆された。
- グリア細胞活動を制御することで、てんかんに対する新治療法が開拓されることが期待される。
概要
本研究成果は、2022年11月25日付でBrain誌にオンライン掲載されました。
実験動物のマウス脳深部の視床下部に光ファイバーを刺し入れ、3つの異なる蛍光波形(fCFP, fYFP, dYFP)を計測しました。今回、これらの波形から、グリア細胞内カルシウム(Ca2+)、酸性度(pH)、局所血流量の変化を読み出す方法を開発しました。海馬を電気刺激すると、てんかん様の痙攣発作が引き起こされます。このような発作が繰り返されると、てんかんは増悪化します。今回、新開発のファイバーフォトメトリー法を使って、てんかん増悪化の過程を詳細に解析しました。その結果、てんかん発作が発展した際には、視床下部における局所血流量が一過性に増加するとともに、グリア細胞内が酸性化することが示されました。
注2. グリア細胞: 脳を構成する細胞の種類。グリア細胞は、大きく分けて、アストロサイト、ミクログリア、オリゴデンドロサイトに分類されます。今回、特にアストロサイトに、蛍光センサータンパク質を特異的に遺伝子発現させましたが、本リリースでは、アストロサイトのことをグリア細胞と表記します。
注3. てんかん: 脳内で過剰な神経活動が発振すると痙攣発作を起こすことがあり、このような発作が繰り返し生じる慢性の神経疾患のことをてんかんと呼びます。日本人の1%はてんかんの有病者で、そのうちの65%の患者は薬で発作を抑えることが可能です。しかし根本的な治癒は、外科的に脳の責任部位を切除する方法だけであり、多くの患者は発作を抑えるために一生薬を飲み続ける必要があります。また、てんかんによる痙攣発作が繰り返されると、次第にてんかんが増悪化することも知られています。
注4. 蛍光センサータンパク質: 細胞内の少分子を検出するために、オワンクラゲ由来の緑色蛍光タンパク質(GFP)等を人工的に改変して作成された蛍光タンパク質。
注5. 視床下部: 間脳に位置し、内臓の働きや内分泌の働きを支配し、生命現象を司る自律神経系の中枢である脳の領域。体温調節やストレス応答、摂食行動や睡眠覚醒など多様な生理機能を管理し、脳内エネルギー代謝と深く関わります。従来、てんかん研究において視床下部はあまり注目されてきませんでしたが、今回の報告では、視床下部のグリア細胞こそが、海馬で始まった神経発振を増幅するとともに、てんかんの増悪化・可塑性を導く可能性を検証しました。
注6. てんかん突然死: てんかん患者の中には、外傷や溺死が原因ではなく、突然、予期せぬ死を迎える者がいます。このようなてんかん突然死(SUDEP; Sudden Unexpected Death in EPilepsy)は、てんかん関連死の中で最も多く、年間1,000人に1~2人程度のてんかん患者が死亡しています。しかしながら、なぜてんかん突然死が起こるのかは現在のところ、分かっていません。
DOI: https://doi.org/10.1093/brain/awac355