【発表のポイント】
- 左右にゆっくり動く画像を何度も見せると、次第に、マウスの全脳の血管が、画像の動きに同調(注1)して、拡張・収縮するようになることが明らかになりました。
- 動く画像を追う眼球運動(注2)は、トレーニングを経て増強されますが、今回、血管運動(バソモーション)(注3)も相関して増強されることが示されました。このような血管運動を強化するトレーニングを「バソトレ」(注4)と呼ぶことにしました。
- 血管運動には、脳内に酸素や栄養を効率的に送り込み、脳内の不要な老廃物を洗い流す働きを促進する効果があると考えられています。
- 脳内への電極留置や薬剤投与をしないでも、今回のような完全非侵襲のバソトレによって、学習・記憶等の脳機能拡張(注5)ができる可能性が示唆されました。
【概要】
今回、東北大学大学院生命科学研究科の佐々木大地大学院生(日本学術振興会特別研究員、研究当時)、松井広(こう)教授らのグループは、実験動物のマウスを用いて、無垢の頭蓋骨越しに脳内の蛍光を計測する方法(注7)、ならびに、脳深部に光ファイバーを留置して蛍光計測する方法(注8)を用いて、脳内の血管運動を観察する方法を開発しました。実験の結果、水平方向に行き来する縦縞模様をマウスに提示すると、はじめのうちは、脳血管運動はあまり見られないのですが、次第に、視覚刺激に完全に同期して、全脳の血管が拡張・収縮を繰り返すようになることが示されました。このように、血管運動を効果的に誘導するバソモーショントレーニング=バソトレは、脳の高次機能を拡張したり、脳病態治療に応用したりできる可能性が示唆されました。
本成果は2024年4月17日付でeLife誌に掲載されました。
注1. 同調: 今回、マウスには、コンピュータのスクリーンに映った縞模様を左右に4~5秒に1回の周期で、ゆっくりと振れる映像を見せました。これに対して、マウスの脳内血管は、まったく同じ周期で、ゆっくりと拡張と収縮を繰り返すようになることが示されました。同じ周期で変化するふたつの現象は、同調していると表現されます。
注2. 眼球運動: 左右に振れる画像を見せると、ヒトでもマウスでも、その模様を追跡するような眼球運動が自然と生じます。このような不随意運動は、網膜に映る像を安定化させるために生じると考えられています。眼球運動が画像の動きと完全に一致するようになれば、網膜上の映像は静止します。しかし、実際には、初めて、そのような視覚刺激を提示しても、眼球運動は画像を正確に捕捉することはできず、眼球運動の振幅のほうが実際に提示された視覚刺激の振幅よりも小さいことになります。しかし、眼球運動のトレーニングを重ねると、次第に、眼球運動の振幅も大きくなり、画像を正確に追随できるようになることが知られています。このような眼球運動学習は、小脳の神経回路によって担われていると考えられています。
注3. 血管運動(バソモーション): 血管が拡張と収縮する運動のことをvasomotionと呼びます。血管は、何もしなくても、時折、数秒に一度の周期でゆっくりと拡張・収縮の運動をすることがあることが知られています。このような自発的なバソモーションは、一定の周期で長く続くことは、あまりありません。また、マウスの心拍数は1秒間におよそ10回ですので、脈拍動による血管の動きと血管運動とは区別される現象です。血管運動は、血管を取り囲む血管平滑筋やペリサイト等の働きで生まれると考えられます。一方、視覚刺激などの感覚刺激を与えると、神経と血管の間の連絡がきっかけとなって、一過性に血管が拡張するような運動が生じることがあります。このような現象は機能的充血(hyperemia)と呼ばれます。本研究では、自発的なバソモーションで起き得るようなレンジの周期で、視覚刺激を与えたところ、視覚刺激を与えている間、持続する血管運動が惹起されることを発見しました。また、このような視覚刺激を繰り返すことで、全脳にわたって同調した血管運動が生じ、運動の振幅も増幅されることが示されました。狭義には、バソモーションとは自発性の血管運動のことのみを指しますが、ここでは、視覚刺激惹起性の血管の拡張・収縮運動のこともバソモーションと呼称することにしました。
注4. バソトレ: 視覚刺激等によって、血管運動の性質に可塑的な変化を引き起こすトレーニング方法のことをバソモーショントレーニング、略して、バソトレと命名することにしました。
注5. 脳機能拡張: 生来の脳が生得的に備わっている性能以上の機能が引き出す方法を脳機能拡張と呼びます。これまでは、脳内に電極を留置して、特定の脳領域を電気刺激したり、脳神経細胞に作用する薬剤を投与したりすることによって、本来の脳機能以上のスペックを発揮させる方法が提案されてきました。本研究では、特定の周波数の視覚刺激の提示といった完全非侵襲の方法で、脳血管機能に可塑的な変化を与えることができることを示しました。生体脳の特徴は、圧倒的な省エネ機構と言えます。エネルギーの効率的な供給を補助して亢進することで、学習や記憶といった脳機能を拡張することも可能なのかもしれません。
注6. Hyperemia: 機能的充血。病気やケガ、手術など、その他様々な要因によって、毛細血管などの末梢の血管が拡張して、そこに動脈性の血液の流入が増加した状態を指します。脳においては、視覚刺激や感覚刺激に応じて、それぞれの感覚を対応する脳領域に機能的充血が生じることが知られています。脳の機能的磁気共鳴画像法(fMRI)では、主に、脳血流量の変化を計測されています。特定の脳機能に関連する部位で、fMRI信号が変化するので、その部位で血流量に変化があることが分かります。fMRIで計測されているのは神経活動そのものではないのですが、血流量変化がある箇所に、神経活動が集中していると推測されています。
注7. 無垢頭蓋骨越しの蛍光計測: マウスの頭蓋骨は、頭皮の下では比較的透明であり、頭蓋骨を露出させて乾燥させると急速に不透明になることが知られています。頭蓋骨を紫外線硬化樹脂によってコーティングすると、湿潤で透明な状態が保たれ、頭蓋骨越しでも、脳表面の細胞や血管を観察することができます。従来は、頭蓋骨を取り除いた小さな窓を作って、脳内を観察する方法が用いられてきましたが、このような侵襲をすると、特に血管系やグリア細胞の活動が影響を受けてしまうため、自然な状態での脳の観察ができません。本研究では、無垢の頭蓋骨越しに、血管内の血液を流れる蛍光物質や脳実質から生じる自家蛍光の蛍光イメージングを行いました。
注8. 光ファイバー蛍光計測法: 上記方法では、脳表面の蛍光しか測定することができません。本研究では、脳深部の小脳片葉領域も観察する必要がありました。そこで、細い光ファイバーを脳内に刺し入れて、光ファイバーを介して励起光を送り込み、脳内で発生した蛍光を、同じ光ファイバーで取り込んで計測する方法(ファイバーフォトメトリー法)も活用しました。なお、この方法では、1本の光ファイバーしか使わず、内視鏡のように多数の光ファイバーの束を使っているわけではないので、光ファイバー先端の「画像」を見ることはできません。したがって、光ファイバー先端近傍で生じる蛍光量を計測しました。
DOI:doi.org/10.7554/eLife.93721.3
URL:https://doi.org/10.7554/eLife.93721.3
東北大学大学院生命科学研究科 教授 松井 広
研究者 https://researchmap.jp/komatsui/
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