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海岸植物の分布変遷と海による地理的隔離 ―イワタイゲキのゲノム系統地理―

海岸植物の分布変遷と海による地理的隔離 ―イワタイゲキのゲノム系統地理―

2024.05.10 14:00

概要

 京都大学大学院理学研究科髙山浩司准教授、京都大学理学部岩田寛之学生(当時)、東北大学学術資源研究公開センター・植物園(兼大学院生命科学研究科)伊東拓朗助教、福島大学共生システム理工学類黒沢高秀教授らの研究グループは、海岸植物のイワタイゲキの分布形成過程をゲノムデータに基づく系統地理解析によって解明しました。
 海岸に生育する陸上植物の分布形成には、過去~現在に至る気候変動と海を介した種子散布のパターンが大きく影響すると考えられます。しかし、その過程を捉えることは容易ではなく、日本列島周辺の海岸植物の分布形成過程を検証した研究はほとんどありませんでした。この研究で髙山准教授らは、日本、韓国、台湾の海岸に生育するトウタイグサ科のイワタイゲキ(Euphorbia jolkinii Boiss.)を採集し、葉緑体ゲノムと核ゲノムの塩基多型に基づく系統地理学的解析と分布適地モデルの構築を行いました。
 その結果、イワタイゲキは今から約20万年前に近縁種と分岐したことが示されました。また、約2万年前の最終氷期には、現在よりも分布域を大きく南下させていたと推定されました。その後、現在の間氷期へと温度が上昇する過程で再び北上し、現在の分布域を獲得するに至りましたが、その際にも北琉球と中琉球の間にあるトカラ海峡を越えるような種子散布はほとんど起こらなかったことが示唆されました。
 この研究は種子が海流によって散布される海岸植物にとっても、トカラ海峡が分布拡大を妨げる要因になり得ることを示した貴重な研究です。
 本研究は、2024年5月10日に、国際誌「American Journal of Botany」のオンライン版に掲載されました。
 
図1:イワタイゲキ(和歌山県友ヶ島)
 
 
1.背景
 日本列島には約280種の海岸植物が生育しています。海岸植物は、潮風に対する耐性や海流による種子散布など、海岸環境に適応するために様々な形質を進化させてきました。しかし、海岸植物がいつ頃地球上に誕生し、どのように分布を拡大してきたかなど、その歴史的背景は多くの種で未解明なままです。私たちの研究グループではゲノムに刻まれた情報をもとに、様々な海岸植物の自然史を解明してきました。
 本研究で対象としたイワタイゲキ(Euphorbia jolkinii Boiss.)は、日本、韓国および台湾に分布する植物で、温帯から亜熱帯の海岸の岩場に生育するトウダイグサ科の多年生草本です。日本列島では南方に多く、本州では比較的稀な植物です。そうした分布の状況から、黒潮に乗って北方へと比較的最近分布を拡大した海岸植物と考えられてきましたが、実際の分布変遷過程は明らかとなっていませんでした。そこで私たちは、イワタイゲキの分布域を網羅するような採集を行い、葉緑体ゲノムと核ゲノムの塩基多型に基づく系統地理学的解析と分布適地モデルの構築を実施することで、本種の分布形成過程の解明を行いました。
 
 
2.研究手法・成果
 本研究では、イワタイゲキの分布域を網羅するようにDNA試料を採集し、次世代シーケンサーを用いて葉緑体DNAの全塩基配列(約163,000塩基対)を決定しました。各地の個体の葉緑体DNAのハプロタイプの系譜とその地理的分布を比較した結果、イワタイゲキはトカラ海峡を境に南北の集団が遺伝的に分化していることが示されました。
 次にMIG-seq法*1 により得られた核DNAの一塩基多型の情報(416遺伝子座)をもとに集団遺伝学的解析を行いました。その結果、北琉球以北の集団、中琉球の集団および南琉球以南の集団がそれぞれ異なる遺伝的組成を持っていました。北琉球以北の集団と南琉球以南の集団が遺伝的に大きく分化しているのに対し、中琉球の集団は北と南の両方の遺伝的特性を併せ持つことが分かりました。これらの集団がどのように分岐していったかをモデルを用いて検証した結果、中琉球の集団は南北の集団の混合によって形成されたことが示されました。
 葉緑体ゲノムに基づく分岐年代推定からは、イワタイゲキの祖先は今から約20万年前に日本の河川や湿地に生育するノウルシ(Euphorbia adenochlora C.Morren et Decne.)との共通祖先から分岐し、海岸へと広がっていったと推測されました。生態ニッチモデリング*2 からは、イワタイゲキが今から約2万年前の最終氷期の頃には本州や四国で生き残っていた可能性は低く、九州の一部や琉球列島および台湾に分布域を縮小していたことが推定されました。
 以上の結果から、現在のイワタイゲキの分布形成過程を考察しました。約20万年前に海岸環境に適応した系統が誕生し、東アジアに分布を拡大したイワタイゲキは、最終氷期の寒冷化が進むと九州や琉球および台湾へと分布域を縮小しました。そして現在の間氷期に入り気温が上昇すると、四国や本州への分布拡大が生じ、現在の広い分布域が獲得されました。しかし、トカラ海峡を境に南北で共通して分布する葉緑体DNAハプロタイプはほとんど見られないことから、現在の四国や本州の集団は九州~北琉球に逃避していた集団をもとに広がっていったものであると考えられます。
 
 
3.波及効果、今後の予定
 この研究で、日本列島に広く分布する海岸植物のイワタイゲキの集団ごとの遺伝的な違いが明らかとなりました。イワタイゲキは海岸に生育し種子が海水に浮遊することから、海流散布する植物であると考えられています。しかしながら、今回見られた空間的な遺伝構造からはトカラ海峡(すなわち海)が分布拡大の地理的な障壁になっていることが分かってきました。トカラ海峡には渡瀬線と呼ばれる有名な生物の分布境界線*3 が提唱されています。渡瀬線は主に海を越えることができない生物の分布境界線と考えられてきましたが、種内の遺伝構造に着目すると、意外なことに海流散布植物にとってもトカラ海峡が集団間の移住を妨げる要因となることが、本研究により示されました。
 今後はイワタイゲキの南北の集団間での生育環境や形態的・生態的な違いを調べることで、中琉球の集団で南北の混合的な遺伝的組成が維持されている理由を探っていきたいと考えています。また、同じような分布をする海岸植物との比較を通じて、海岸植物にとっての共通の地理的障壁や個々の種が持つ散布能力の違いがその分布変遷過程に与える影響について検証していきたいです。
 
 
4.研究プロジェクトについて
 本研究は日本学術振興会科研費(JP18H04146 and JP20K21446)、市村清新技術財団の研究助成を受けて行いました。
 
 
<用語解説>
*1 MIG-seq法:次世代シーケンサーを用いて一塩基多型をゲノムワイドに決定する方法の一つ。
*2 生態ニッチモデリング:現在の生物種の分布情報をもとに、ある気候条件下での存在確率を推定する方法。
*3 生物の分布境界線:個々の生物種の分布域の範囲を区切る地理的な境目。
 
 
<研究者のコメント>
 日本列島における海岸植物の自然史の一端が解明できて、大変うれしく思います。野外で植物を採集していた時には思いもよらなかった複雑な分布変遷の過程が実験解析によってあぶりだされ、そして悠久の時を超えて再び野外に思いをはせることができるのも、自然史研究の醍醐味だと感じています。
 
 
<論文タイトルと著者>
タイトル:Intraspecific divergence in a coastal plant, Euphorbia jolkinii, at a major biogeographic
boundary in East Asia(東アジアにおける海岸植物イワタイゲキの遺伝的分化と地理的障壁)
著  者:Hiroyuki Iwata, Takuro Ito, Jong-Soo Park, Goro Kokubugata, Akihiro Kakezawa, Takahide Kurosawa, Akihiro Nishimura, Hiroshi Noda, Koji Takayama
掲 載 誌:American Journal of Botany DOI:10.1002/ajb2.16327
 
<参考図表>
図2 イワタイゲキの葉緑体DNAと核DNAの遺伝構造
 
 
 
 
 
お問い合わせ先
(研究に関すること)
東北大学学術資源研究公開センター・植物園
助教 伊東拓朗
TEL: 022-795-6765
Email: takuro.ito.c4(at)tohoku.ac.jp
 
(報道に関すること)
東北大学大学院生命科学研究科広報室
高橋さやか
TEL: 022-217-6193
Email: lifsci-pr(at)grp.tohoku.ac.jp
 
 
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