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アメリカザリガニはいかにして世界に拡大したか? 寒冷環境への進出に関わる遺伝基盤を解明

アメリカザリガニはいかにして世界に拡大したか? 寒冷環境への進出に関わる遺伝基盤を解明

2023.07.19 14:00
東北大学大学院生命科学研究科の牧野能士教授は、千葉大学国際高等研究基幹・大学院理学研究院の佐藤大気特任助教らと共同で、侵略的な外来種として知られるアメリカザリガニの寒冷環境への進出に関わる遺伝基盤を解明しました。本研究成果は、2023 年7 月3 日に国際学術誌iScience に掲載されたほか、本誌の特集号「Invasion Dynamics」に収録されます。

発表のポイント

  • 全世界に拡大するアメリカザリガニは高い環境適応能力を持つ一方で、低温に弱いと考えられてきました。
  • 生存実験により、札幌市内のある集団では低温に対する耐性を獲得している可能性が示唆されました。
  • 遺伝子発現およびゲノム配列解析により、低温適応に関わる可能性のある遺伝子群を特定しました。
  • 本研究は侵略的外来種の適応メカニズムを示しており、今後さらなる遺伝的基盤の解明が期待されます。
     

研究の背景

北米大陸南部を原産とするアメリカザリガニは、人間活動の拡大に伴って世界各地に移入し、分布を広げています。日本においても全国的に定着が確認されており、各地で水生植物や水生昆虫の局所的な消失、絶滅を引き起こしています。こうした背景から、本種は2023年6月1日に条件付特定外来生物に指定され、許可なく放流や販売することが禁止されています。アメリカザリガニの侵略性を特徴づける性質として、高水温や水質汚染、低酸素など厳しい環境に対する耐性が挙げられます。一方で、温暖な地域に生息する本種は低温に対する耐性が低く、寒冷な北海道では、下水や温泉などの温排水が流入する河川にのみ生息していると報告されていました。しかし近年、札幌市内において、温排水の流入がなく、冬季の水温が0℃近くになる場所で本種が繁殖をしている可能性が報告されました。侵略的外来種の持つ幅広い環境への適応能力のメカニズムを調べる上で、当該集団は最適な研究対象であると考えられます。そこで本研究では、アメリカザリガニのゲノム配列解析と、低温被曝実験、そして遺伝子発現量解析を組み合わせ、本種の寒冷環境への適応に重要な役割を果たしたと思われる遺伝子群の特定を目指しました。
 
 
図1. アメリカザリガニは約100年前に鎌倉に輸入され、そこから全国各地へ生息域を広げたと考えられている。
 
 

研究の成果

本研究ではまず、アメリカおよび日本各地のアメリカザリガニ集団のゲノム配列を解析し、日本への移入経路を推定しました。その結果、過去の文献と一致し、原産地である米国ニューオーリンズ集団の一部が約100年前に鎌倉に移入され、日本各地へ広がった可能性が示唆されました(図1)。次に、各集団の低温耐性を検証するため、札幌市と仙台市で採取したアメリカザリガニをそれぞれ実験室で飼育・交配させ、得られた幼体を用いて低温被曝実験を行いました。その結果、仙台集団に比べ札幌集団は低温(1℃)環境下での生存期間が長いことが分かりました(図2)。さらに、低温に曝した個体を用いて遺伝子発現量解析を行ったところ、低温下での生存に伴い、いくつかの遺伝子群で発現量が変動することが分かりました。特にキチンやクチクラといった甲殻類の外骨格の構成に関わる遺伝子群は両集団で発現が増加していました。また、免疫反応や細胞の維持に重要な、タンパク質分解酵素を阻害する働きを持つ遺伝子群は、仙台集団では実験開始時と1週間後で発現量が増加している一方で、札幌集団では1週間後では発現量に変動はないものの、1ヶ月後に発現量が増加していることが明らかとなりました。これは、札幌集団においてこれらの遺伝子群の制御が低温に対する適応機構として働いている可能性を示すものです。最後に、アメリカザリガニのゲノム配列を詳細に解析したところ、多くの重複遺伝子がアメリカザリガニのゲノム中に存在していることが分かりました。遺伝子重複はタンパク質の機能や発現パターンを多様化させることが知られており、実際、ゲノム内の重複遺伝子の割合が高い種は幅広い環境への適応能力を保つことが示唆されています。他の甲殻類と比べても本種は遺伝子重複の程度が極めて高いことが明らかとなりました(図3)。特に、アメリカザリガニにおいて重複の程度が非常に高い遺伝子ファミリーは、上記の低温適応に関わる外骨格の構成因子やタンパク質分解酵素阻害分子をコードする遺伝子群と一致することが明らかとなり、さらに重複遺伝子の発現パターンはいずれも類似していました。つまり、遺伝子重複を経て発現が増幅されることで、機能が強化され、低温に対する耐性を獲得している可能性が考えられます。
 
 
図2. 札幌集団は低温(1℃)環境下でも長く生きる。
 
 
 
 
図3. 急速に進化した遺伝子ファミリー(進化過程で繰り返し重複してできた類似遺伝子群)数の甲殻類種間での比較。図中の数字は増加/減少した遺伝子ファミリー数を示す。
 

今後の展望

本研究で検出された遺伝子群がどのように制御されて機能し、低温への耐性に影響するかは現在のところ不明であり、今後、詳細な機能解析が必要となります。本研究を足がかりに、侵略的外来種が生息域を広げるメカニズムについて、遺伝的基盤の解明が進むことが期待されます。
 
 
 
 
【論文情報】
Daiki X. Sato, Yuki Matsuda, Nisikawa Usio, Ryo Funayama, Keiko Nakayama, Takashi Makino (2023) Genomic adaptive potential to cold environments in the invasive red swamp crayfish. iScience
DOI:https://doi.org/10.1016/j.isci.2023.107267 
 
 
 
【関連リンク】
 
【問い合わせ先】
(研究に関すること)
東北大学大学院生命科学研究科
教授 牧野 能士
TEL: 022-795-5585
E-mail: tamakino(at)tohoku.ac.jp
 
(報道に関すること)
東北大学大学院生命科学研究科
広報室 高橋 さやか
TEL: 022-217-6193
E-mail: lifsci-pr(at)grp.tohoku.ac.jp
 
 
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