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研究者の方

遺伝子進化パターンを調べることによりダウン症候群に関わる遺伝子を多数推定

遺伝子進化パターンを調べることによりダウン症候群に関わる遺伝子を多数推定

2010.05.01 16:29

所属:生命科学研究科生物多様性進化分野 生態適応グローバルCOE
名前:牧野能士
URL:http://gema.biology.tohoku.ac.jp

東北大学大学院生命科学研究科生物多様性進化分野の牧野能士助教(生態適応GCOE*)は、アイルランド・トリニティカレッジのイーファ・マックライザット博士と共同で、遺伝子の進化パターンを調べることにより、数が変化しにくい遺伝子群の存在を突き止めた。これらの遺伝子群には、病気に関わる遺伝子が多いという興味深い特徴が見つかった。さらに、染色体異常によって発症するダウン症候群に関わる遺伝子の75%もがこの遺伝子群に存在することから、この遺伝子群にはダウン症候群との関係が未だ知られていない遺伝子を多く含むと考えられる。今後、これら新しい候補遺伝子を調べることで、ダウン症候群の早期発見や治療手法の向上を目的とした研究への応用が期待できる。本研究成果は、5月4日の米国科学アカデミー紀要(PNAS)の電子版に掲載された。

進化の過程における遺伝子数の増減は、よく起きる現象であり特別なことではない。実際、生物のゲノム上では頻繁に遺伝子のコピーが作られていることが分かっている(遺伝子重複)。一般に遺伝子重複は有害でも無害でもないと考えられているが、最適な遺伝子数が厳密に決められている遺伝子“量的均衡遺伝子”では、遺伝子が消失したりコピーが作られたりすると生物にとって有害な影響を及ぼすと考えられる。このような理由から量的均衡遺伝子の多くが病気に関わることが予想されるが、どの遺伝子が量的均衡遺伝子であるかを見つけるのは非常に困難で、その発見には地道な研究の積み重ねが必要となる。

一方、全ゲノムが重複する特殊なイベント“全ゲノム重複”が起こると全ての遺伝子が倍加し、全遺伝子が遺伝子コピーを持つ。このとき相対的な遺伝子量に変化がないため、有害な影響を受けることなく量的均衡遺伝子も遺伝子コピーを作ることができる。全ゲノム重複後には全ての遺伝子が冗長であるため大規模な遺伝子消失が起きると考えられるが、一旦、重複した量的均衡遺伝子は相対的な遺伝子量を保持するため、倍加した遺伝子量を減らすことなくゲノム上に留まるはずである。そこで牧野助教らは、全ゲノム重複によって生じた重複遺伝子”全ゲノム重複遺伝子”には量的均衡遺伝子が多いのではないかと考えた。

本研究では、魚類やホヤといった複数の動物ゲノムを用いて遺伝子の重複パターンを調べると共に、ヒト集団内で数に増減がある遺伝子も調査し、全ゲノム重複遺伝子が遺伝子数を変化させにくいことを発見した。このことは、ヒトゲノム上に保持されている全ゲノム重複遺伝子が量的均衡遺伝子であることを強く支持している。また、全ゲノム重複遺伝子には、これまでに報告されている多くの病気に関わる遺伝子が含まれることも示した。

21番染色体が1本増えることで発症するダウン症候群患者の出生率は、およそ1000人に1人と言われており、非常に身近な病気である。21番染色体上の遺伝子が発症の原因であることは間違いないが、これまでにダウン症候群との関連が示唆された遺伝子は決して多くはない。先に述べたように全ゲノム重複遺伝子は遺伝子数の増加に非常に敏感であることから、牧野助教らはダウン症候群に関わる遺伝子には全ゲノム重複遺伝子が多いのではないかと考え、さらなる調査を行った。その結果、ダウン症候群関連遺伝子は75%という非常に高い頻度で全ゲノム重複遺伝子を含むことが明らかとなった。このことは、21番染色体上の他の全ゲノム重複遺伝子もダウン症候群に関与している可能性を示唆している。牧野助教によると、「これらの新規候補遺伝子を標的として、さらなる研究を行うことは非常に価値があり、ダウン症候群発症の分子メカニズムの解明や、予防・早期発見・治療などを目的とした発展的な研究にも大きく貢献するだろう」という。

図の説明 :
全ゲノム重複と個々の遺伝子重複によって生じた脊椎動物の遺伝子の系統関係。ヒトや魚類を含む脊椎動物では、ホヤを含む尾索動物と分岐した後の初期進化において2度の全ゲノム重複が起きた。ヒトの全ゲノム重複遺伝子を見つける際には、重複が起きた時期(尾索動物と分岐後で魚類と分岐する以前)が重要である。全ゲノム重複後には多くの遺伝子が消失しており、消失した脊椎動物の遺伝子を灰色で示し、現存する遺伝子を黒で示す。(AとB) 現在でもヒトゲノム上に全ゲノム重複遺伝子が保持されているケース。(CとD) 進化の過程において全ゲノム重複遺伝子が消失したケース。複雑な遺伝子の重複パターンをヒトの全遺伝子について調査した結果、ヒトゲノム上に現存する全ゲノム重複遺伝子には、他の遺伝子よりも、遺伝子数の増減が少ない遺伝子が多いことが分かった。

* 東北大学グローバルCEO 環境激変への生態系適応に向けた教育研究

本研究成果は(論文題目: Ohnologs in the human genome are dosage balanced and frequently associated with disease)、5月4日の米国科学アカデミー紀要(PNAS)の電子版に掲載された。 (http://www.pnas.org/) Makino T and McLysaght A. (2010) Ohnologs in the human genome are dosage balanced and frequently associated with disease. Proceeding of National Academy of Sciences, in press