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レム睡眠とノンレム睡眠では脳内の情報伝達の方向が逆転 〜記憶の固定などへの役割が異なる可能性を示唆〜

レム睡眠とノンレム睡眠では脳内の情報伝達の方向が逆転 〜記憶の固定などへの役割が異なる可能性を示唆〜

2020.01.24 11:00

発表のポイント

  • 睡眠中にP波*1という脳波(脳幹で発生する脳波の一種)が観察されるが、半世紀以上もの間、その役割は不明だった。
  • P波はマウスの脳では観察されない、という通説に反して、この研究ではマウスの脳にもP波が存在することを世界で初めて発見した。
  • さらに、記憶に重要な海馬の活動とP波を同時に計測したところ、レム睡眠とノンレム睡眠で情報伝達の方向が逆転することを世界で初めて発見した。
  • これらの発見は、「睡眠」といっても、レム睡眠とノンレム睡眠とで生理機能、特に記憶の定着に関わる役割が異なる可能性を示す証拠となる。

概要

 人生の3分の1もの時間を過ごす睡眠は、生存に必須の本能行動のひとつです。哺乳類の睡眠ステージは、レム(急速眼球運動)睡眠とノンレム睡眠からなり、それぞれ全く異なる脳活動を呈しています。東北大学大学院生命科学研究科(兼東北大学学際科学フロンティア研究所)の常松友美助教は、英国ストラスクライド大学の坂田秀三上級講師らと共に、レム睡眠とノンレム睡眠で、マウス脳内の海馬-脳幹間神経活動パターンが逆転することを明らかにしました。これは、睡眠状態によって、情報伝達の方向が逆転し得ること、さらには生理的役割が異なっていることを示唆しています。本研究結果は、eLife誌(電子版)に1月14日に掲載されました。本研究は、日本学術振興会、文部科学省研究費補助金、科学技術振興機構、上原記念生命科学財団助成金、およびリーヴァーヒューム・トラスト助成金の支援を受けて行われました。
 

詳細な説明

 睡眠には、夢を見ているレム睡眠と、脳の休息に重要なノンレム睡眠のふたつの睡眠状態があります。それぞれ特徴的な脳波があり、レム睡眠では脳幹で発生するP波や、ノンレム睡眠では海馬で発生するリップル波*2が挙げられます。どちらの脳波も、記憶の固定に重要であると考えられています。しかし、これまではリップル波と記憶、あるいはP波と記憶の研究が独立して行われており、リップル波とP波の関係性に言及した研究は皆無でした。睡眠の意義に迫るためには、それらを統合的に理解する必要があります。また、ネコやラットを用いたP波の研究は1960年代から始まりましたが、遺伝子操作が可能なマウスにはP波が存在しないと考えられており、研究が進んでいませんでした。そこで、私たちはまず、マウスのP波の証明に挑戦しました。その結果、世界で初めてマウスでのP波の計測に成功しました。さらに、P波がレム睡眠だけでなく、ノンレム睡眠でも発生していることも明らかにしました(図1)。本研究は、マウスP波研究の黎明を告げるものとなりました。P波は夢を作り出しているとも考えられており、今後記憶研究のみならず、夢を見るメカニズム解明にも繋がる可能性を秘めた成果です。
 続いて、私たちは脳幹P波と海馬神経活動、およびリップル波を同時に記録しました。詳しく解析を行ったところ、ノンレム睡眠時は、海馬神経活動や海馬リップル波が起こった後P波が観察されますが、一方レム睡眠時には、P波が起こった後海馬神経活動が高まることが明らかとなりました(図2)。この結果は、異なる睡眠状態では、脳幹と海馬の脳領域間での情報伝達方向が逆転することを世界で初めて示しました。これまで、レム睡眠もノンレム睡眠も、どちらも記憶の固定に重要であると考えられていましたが、その生理機能が同じなのか、それとも異なっているのか議論が分かれていました。しかし、本研究は生理的役割が異なっていることを示唆しており、今後の睡眠機能の解明に貢献することが期待されます。
 本研究は、日本学術振興会、文部科学省研究費補助金、科学技術振興機構、上原記念生命科学財団助成金、およびリーヴァーヒューム・トラスト助成金の支援を受けて行われました。
 
【用語説明】
*1P波:主にレム睡眠時に脳幹の橋(Pontine)で発生するスパイク状の脳波。ネコでは、脳幹から、視床の外側膝状体(Lateral geniculate nucleus)、大脳皮質の後頭葉(Occipital cortex)へと脳波が伝わっていくため、PGO波とも呼ばれている。また、AI研究の結果を元に、フランシス・クリックは1983年に、P波は不要な記憶情報を消去するのに寄与する、という反学習仮説を提唱している。
 
*2 リップル波:海馬で発生する100から200ヘルツの脳波。覚醒時に学習した神経活動パターンを、リップル波発生と同時に再生(リプレイ)しているため、記憶の固定化に重要である。
 
 
図1 世界で初めて計測に成功したマウスP波
赤い矢印が、検出されたP波を示している。これまでレム睡眠でのみ観察されると思われていたが、ノンレム睡眠でもP波が検出された。
 
 
図2 P波と海馬神経活動の関係
縦軸が1個ずつの海馬神経の活動挙動を、横軸が時間の流れを示している。黄色は活動が高く、青色は活動が低い。赤色の矢印がP波の発生のタイミングを示している。レム睡眠ではP波の直後に海馬の神経活動が高まり、一方ノンレム睡眠ではP波の直前に海馬の神経活動が高まっている。
 
 
【論文題目】
題目:State-dependent brainstem ensemble dynamics and their interactions with hippocampus across sleep state
著者:Tomomi Tsunematsu, Amisha A Patel, Arno Onken, Shuzo Sakata
雑誌:eLife Volume Page (9: e52244)
 
 
 
 
 
【問い合わせ先】
(研究に関すること)
東北大学大学院生命科学研究科
担当 常松 友美 (つねまつ ともみ)
電話番号: 022-795-4751
Eメール: tsune@tohoku.ac.jp
 
(報道に関すること)
東北大学大学院生命科学研究科広報室
担当 高橋 さやか (たかはし さやか)
電話番号: 022-217-6193
Eメール: lifsci-pr@grp.tohoku.ac.jp