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見落とされていた海馬腹側部の神経回路を発見 ~30年来信じられてきた記憶回路の構造を見直す~

見落とされていた海馬腹側部の神経回路を発見 ~30年来信じられてきた記憶回路の構造を見直す~

2023.01.25 11:00

発表のポイント

  • 記憶を司る脳領域において、見落とされていた神経回路を発見しました。
  • 情動を伴う記憶情報を処理する「海馬腹側部*1」が、記憶の長期保存に重要な「内側嗅内皮質Va層*2」に直接情報を伝えていることを明らかにしました。
  • 私たちが嬉しい出来事や悲しい出来事をどのようにして記憶しているのか、そのメカニズムの解明への寄与が期待されます。

概要

 記憶がどのように形成されているのか理解する上で、記憶を司る脳領域の神経回路がどのように構成されているのか知ることは大変重要です。東北大学大学院生命科学研究科の大原慎也助教らは、ノルウェー科学技術大学のMenno Witter教授、及びハイデルベルク大学のAlexei Egorov博士らのグループと共に、記憶に深く関わる「海馬」と「内側嗅内皮質」の神経回路の構造を齧歯類(ラット・マウス)において調べました。この記憶回路として古くから研究されており、その構造は海馬の腹側部と背側部で類似していると長らく信じられてきました。しかし本研究により、海馬の腹側部が背側部とは異なる回路を構成し、内側嗅内皮質Va層のニューロンに情報を伝えることが明らかになりました。
 「海馬腹側部」は情動を伴う記憶に関わることが知られています。海馬腹側部は内側嗅内皮質Va層を介して記憶の最終保存場所である「大脳新皮質」と繋がっていることから、Va層が情動情報を伝える神経回路として、長期記憶の形成に深く関与すると考えられます。本研究で明らかにした神経ネットワーク配線を基に、情動を伴う記憶の形成メカニズムの解明が進むことが期待されます。
 本研究結果は、2023年1月20日のCell Report誌(電子版)に掲載されました。
 
 
 
図1(A) 齧歯類の海馬の模式図(左)とこれまでの解剖学的研究から示されていた海馬-内側嗅内皮質の神経回路の模式図(右)。海馬の背側部と腹側部は内側嗅内皮質の背側部と腹側部のV層にそれぞれ情報を送り、その回路構成は背側部と腹側部で類似していると考えられてきた。(B) 神経回路標識法により標識された海馬背側部からの軸索*4(赤)と海馬腹側部からの軸索(シアン)を示す。海馬背側部からの軸索は内側嗅内皮質の背側部Vb層に分布する。一方、海馬腹側部からの軸索は内側嗅内皮質の腹側部だけでなく、背側部のVa層に分布する(B”の黄矢印)。(C) 本研究で明らかになった神経回路(青)の模式図。内側嗅内皮質から神経情報を発信する出力層であるVa層ニューロンは、海馬腹側部からの情報を主に受ける。この結果から、海馬腹側部は海馬から大脳新皮質への情報伝達の制御に深く関与すると考えられる。
 
 
 
【用語説明】
*1 海馬腹側部:記憶の中枢である「海馬」は細長い形をした脳領域で、齧歯類(ラット、マウス)では背腹軸に沿って展開しています。海馬の働きは腹側部と背側部で異なり、「海馬の腹側部」は情動を伴う記憶に強く関与する一方、「海馬の背側部」は空間的な記憶に関わることが知られています。
 
*2 内側嗅内皮質Va層:内側嗅内皮質は、海馬と他の脳領域を繋ぐ中継領域であり、海馬と共に記憶とナビゲーションに深く関わります。この脳領域は、ニューロンが規則正しく整列した層構造から形成されており、層ごとに異なる神経回路を形成することで異なる情報処理を行なっています。内側嗅内皮質Va層には、記憶の最終保存場所である「大脳新皮質」に情報を伝えるニューロンが分布しており、長期記憶形成に重要な役割を担うことが報告されています。
 
*3 内側嗅内皮質Vb層:内側嗅内皮質Vb層ニューロンは、Va層ニューロンとは全く異なる神経回路を形成します。海馬背側部からの情報を受け取り、内側嗅内皮質Ⅲ層ニューロンにその情報を伝えます。Va層ニューロンと違って「大脳新皮質」には情報を伝えません。
 
*4 軸索:軸索はニューロンの細胞体から伸びる突起で、情報を送り出す送電線として働きます。軸索を標識し、その分布を調べることで標的とする脳領域がどこに情報を伝えているのか調べることができます。
 
 
 
【論文情報】
Shinya Ohara, Märt Rannap, Ken-Ichiro Tsutsui, Andreas Draguhn, Alexei V. Egorov, Menno P. Witter (2023) Hippocampal-medial entorhinal circuit is differently organized along the dorsoventral axis in rodents. Cell Reports
DOI:https://doi.org/10.1016/j.celrep.2023.112001
 
 
 
 
【問い合わせ先】
(研究に関すること)
東北大学大学院生命科学研究科
担当 大原 慎也(おおはら しんや)
電話番号: 022-217-5052
Eメール: shinya.ohara.d3(at)tohoku.ac.jp
 
(報道に関すること)
東北大学大学院生命科学研究科広報室
担当 高橋 さやか(たかはし さやか)​​
電話番号: 022-217-6193
Eメール: lifsci-pr(at)grp.tohoku.ac.jp