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研究分野

脳生命統御科学専攻 :
細胞ネットワーク講座

研究

松井 広

教授 松井 広
キャンパス 片平 キャンパス
所属研究室 超回路脳機能
連絡先 022-717-8208
E-mail matsui@med.tohoku.ac.jp
ホームページ http://www.ims.med.tohoku.ac.jp/matsui/ http://www.ims.med.tohoku.ac.jp/matsui/member-KoMatsui.html
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 これまで、大学時代は東京大学文学部心理学科、ポスドク時代は電気生理学のメッカと言われるヴォラム研究所、助教時代は生理学研究所と過ごし、東北大学・医学系研究科に准教授として着任、東北大学・生命科学研究科に教授として異動しました。文系・理系問わず、多彩な研究経験を経て、心理学や行動学、電気生理学、微細形態学、光遺伝学等、脳をあらゆる方向から調べ上げるための技術と知識を身に着けてきました。脳を構成する神経細胞やグリア細胞の間で、どのように情報の受け渡しが行われているのか、また、ひとつひとつの細胞間の信号伝達過程が、脳全体のシステムとしての特性にどのように波及していくのかを追究していきたいと考えております。
経歴

1992年04月  東京大学 理科II類 入学
1996年03月  東京大学 文学部 心理学科 卒業
1996年04月  東京大学 大学院人文社会系研究科 心理学修士課程 入学
1998年03月  同 修士課程修了、修士(心理学):指導教官、立花政夫
1998年04月  日本学術振興会 特別研究員(DC1)
2001年03月  同 博士課程修了、博士(心理学):指導教官、立花政夫
2001年04月  米国ヴォラム研究所 ポスドク研究員:Craig Jahr研究室
2001年04月  日本学術振興会 海外特別研究員
2006年02月  生理学研究所 脳形態解析研究部門 助教:重本隆一研究室
2007年10月  科学技術振興機構 さきがけ研究員 兼任(中西重忠総括)
2013年01月  東北大学 大学院医学系研究科 新医学領域創生分野 准教授
2017年04月  東北大学 大学院生命科学研究科 超回路脳機能分野 教授

著書・論文
  1. Rubio ME, Matsui K, Fukazawa Y, Kamasawa N, Harada H, Itakura M, Molnár E, Abe M, Sakimura K, Shigemoto R (2017) The number and distribution of AMPA receptor channels containing fast kinetic GluA3 and GluA4 subunits at auditory nerve synapses depend on the target cells. Brain Structure and Function, doi:10.1007/s00429-017-1408-0.
  2. Nakamura Y, Harada H, Kamasawa N, Matsui K, Rothman JS, Shigemoto R, Silver RA, DiGregorio DA, Takahashi T (2015) Nanoscale distribution of presynaptic Ca2+ channels and its impact on vesicular release during development. Neuron, 85: 145–158.
  3. Masamoto K, Unekawa M, Watanabe T, Toriumi H, Takuwa H, Kawaguchi H, Kanno I, Matsui K, Tanaka KF, Tomita Y, Suzuki N (2015) Unveiling astrocytic control of cerebral blood flow with optogenetics. Scientific Reports, 5: 11455.
  4. Beppu K, Sasaki T, Tanaka KF, Yamanaka A, Fukazawa Y, Shigemoto R, Matsui K* (2014) Optogenetic countering of glial acidosis suppresses glial glutamate release and ischemic brain damage. Neuron, 81: 314–320.
  5. Kanemaru K, Sekiya H, Xu M, Satoh K, Kitajima N, Yoshida K, Okubo Y, Sasaki T, Moritoh S, Hasuwa H, Mimura M, Horikawa K, Matsui K, Nagai T, Iino M, Tanaka KF (2014) In vivo visualization of subtle, transient, and local activity of astrocytes using an ultrasensitive Ca2+ indicator. Cell Reports, 8: 311-318.
  6. Budisantoso T, Harada H, Kamasawa N, Fukazawa Y, Shigemoto R, Matsui K* (2013) Evaluation of glutamate concentration transient in the synaptic cleft of the rat calyx of Held. Journal of Physiology, 591: 219–239.
  7. Sasaki T, Beppu K, Tanaka KF, Fukazawa Y, Shigemoto R, Matsui K* (2012) Application of an optogenetic byway for perturbing neuronal activity via glial photostimulation. Proc Natl Acad Sci U S A, 109: 20720–20725.
  8. Tanaka KF*, Matsui K*, Sasaki T, Sano H, Sugio S, Fan K, Hen R, Nakai J, Yanagawa Y, Hasuwa H, Okabe M, Deisseroth K, Ikenaka K, Yamanaka A (2012) Expanding the repertoire of optogenetically targeted cells with an enhanced gene expression system. Cell Reports, 2: 397–406.
  9. Budisantoso T, Matsui K*, Kamasawa N, Fukazawa Y, Shigemoto R (2012) Mechanisms underlying signal filtering at a multi-synapse contact. Journal of Neuroscience, 32: 2357–2376.
  10. Abrahamsson T, Cathala L, Matsui K, Shigemoto R, Digregorio DA (2012) Thin dendrites of cerebellar interneurons confer sublinear synaptic integration and a gradient of short-term plasticity. Neuron, 73: 1159–1172.
  11. Tarusawa E, Matsui K*, Budisantoso T, Molnár E, Watanabe M, Matsui M, Fukazawa Y*, Shigemoto R (2009) Input-specific intrasynaptic arrangements of ionotropic glutamate receptors and their impact on postsynaptic responses. Journal of Neuroscience, 29: 12896–12908.
  12. Jiang Y, Nishizawa Horimoto N, Imura K, Okamoto H, Matsui K, Shigemoto R (2009) Bioimaging with two-photon-induces luminescence from triangular nanoplates and nanoparticle aggregates of gold. Advanced Materials, 21: 2309–2313.
  13. Matsui K*, Jahr CE, Rubio ME (2005) High concentration rapid transients of glutamate mediate neural-glial communication via ectopic release. Journal of Neuroscience, 25: 7538–7547.
  14. Matsui K, Jahr CE (2003) Ectopic release of synaptic vesicles. Neuron, 40: 1173–1183.
  15. Matsui K, Hosoi N, Tachibana M (1998) Excitatory synaptic transmission in the inner retina: paired recordings of bipolar cells and neurons of the ganglion cell layer. Journal of Neuroscience, 18: 4500–4510.
所属学会
日本神経科学会、日本生理学会、Society for Neuroscience、光操作研究会
 
担当講義
(生命)共通科目B「生命機能科学特論」、(生命)超回路脳機能学特論、(全学)細胞生物学合同講義プログラム、(医学)基礎医学III、(医学)基礎医学修練

最近の研究について

 我思う故に我有り。デカルトは、自分自身を顧みれば自身の心は実感できる、と考えました。しかし、私たちにとって、他者の心を実感する唯一の手がかりは、言葉や行動といった目に見える筋肉の動きだけです。筋肉の動きを支配しているのは言うまでもなく神経細胞ですから、その神経細胞が集合する脳にこそ精神が宿る、というのは、至極まっとうな推論でした。ところが、その脳をよく見てみると、神経細胞とは別種のグリア細胞というものが、なんと半分以上の容積を占めているのです。もし、グリア細胞が神経細胞と情報のやり取りをしているならば、グリア細胞も、間接的とはいえ、筋肉の動きに影響を与え、精神の働きを外界に表出するために一役買っている、と言うことができるかもしれません。私の研究は、オプトジェネティクスを活用し、グリア細胞の活動を光で自在に操作してみて、その機能が脳に宿る精神を成立させていると言えるかどうか明らかにする挑戦です。
 当研究室では、脳細胞間の信号伝達を解析するのに、主に、急性脳スライス標本からのパッチクランプ法を使っています。具体的には、マウスやラットなどの脳を素早く取り出して、生きたままの脳組織を200ミクロン程度の薄いスライス切片にし、これを顕微鏡下で観察しながら、ガラス管電極を使って、個々の細胞の電気的な活動を記録しています。また、Ca2+蛍光色素などを細胞に取り込ませることにより、細胞内イオン環境の変動を二光子イメージング法で記録することも行っています。さらに、最近は、光に反応する分子を特定の細胞種に発現させて、その細胞種の活動だけを光で興奮させたり、抑制させたりする技術、オプトジェネティクス(光遺伝学)も取り込んでいます。脳細胞の活動を光や電気を使って操作して、その結果生じる応答を、光や電気を使って計測する。このようにして、各細胞間の相互作用が、脳という回路の中でどんな役割を持っているのか、どんな機能を果たしているのかを調べています。個々の細胞間の相互作用が、「心」が生まれる背景にあり、最終的には個体としての行動を支配することになると考えています。そこで、生きたままの動物の脳内に光ファイバーを差し込んで、特定の細胞種の活動を光操作することによって、どのような脳機能の変化、行動の変化が見られるのかも解析しています。
 これまでグリア細胞だけを特異的に刺激する方法がなく、その役割が十分に調べられていませんでした。そこで、私たちは、マウスを用いてグリア細胞の活動を光で操作する新技術(光遺伝学;オプトジェネティクス)を開発し(Tanaka*, Matsui* et al. Cell Rep 2012)、グリア細胞の役割を解明することに挑戦しました。実際に光を用いて刺激したところ、グリア細胞から興奮性の伝達物質であるグルタミン酸が放出され、このグルタミン酸が神経細胞間のシナプス伝達に影響を与えて、動物の運動学習機能が促進されるなどの効果が現れました。(Sasaki,…, Matsui* PNAS 2012)。
 また、光遺伝学を用いた研究により、グリア細胞内が酸性になるとグリア細胞膜上のチャネルが開いて、細胞内から外へとグルタミン酸が放出されることが明らかになりました。脳梗塞などの脳虚血時には、グリア細胞内に極端な酸性化が起こります。これまで、脳虚血時に大量のグルタミン酸が放出されることは知られていましたが、それがどこから放出されるのか、また、どんな仕組みで放出されるのか、不明のままでした。我々の研究では、この疑問に答え、脳内の酸性化がグリア細胞内で特に速く進行すること、そして、その酸性化そのものがグリア細胞のグルタミン酸放出を促していることを示しました。さらに、マウスのグリア細胞に、光に反応して細胞内をアルカリ化するアーキオロドプシンという物質を発現させ、脳虚血が起こっている最中に光を用いて細胞をアルカリ化したところ、グルタミン酸放出が抑制され、脳虚血に伴う脳組織の破壊を食い止めることができました(Beppu,…, Matsui* Neuron 2014)。
 
 

メッセージ

 研究室には、二光子イメージング+電気生理学の実験セットがあります。光と電気を使って、脳細胞の活動を操作し、光と電気で反応を計測する。これを行うための最新鋭の機材がそろっています。計測するだけでは、物事の相関関係しか明らかにできません。操作と計測を繰り返すことで、脳機能と細胞活動の間の因果関係に迫ることができると考えています。また、目に見える画像、電極で拾える信号を記述しただけでは現象の観察に過ぎません。機械さえあれば誰でもできます。画像では捉えきれない一歩先、波形では拾いきれない潜在的な過程。そこを解き明かすのがサイエンスの最前線です。何よりも必要なのは、イマジネーション、想像力です。
 私は、志を持って文学部心理学科に進学し、類稀なる恩師に出会い、研究の道を直走ることにしました。「心とは何か?」その問いに答える方法は、いろいろあるでしょう。私は、脳を構成する細胞同士がどのように信号の受け渡しをしているのか、それを詳細に調べて行く先に、脳の機能、心の実態が見えてくるのではないかと考えて、細胞生理学の道を進むことにしました。東大心理、米国ヴォラム研究所、生理学研究所、東北大医、東北大学生命と、研究の場を変えてきましたが、その場所ごとに素晴らしい研究者達と巡り会ってきたものです。人生とはまさに一期一会です。人との出会いこそが、研究に邁進する原動力となるのです。生理学を志す者にとって、実験室の暗闇の中でオシロスコープに映る波形を一人で見つめる、という長く単純な作業は絶対に必要です。しかし、一人で見ていたのでは答えが見つからないことがあります。その波形を仲間と共有した時に、真の発見があるのです。
 私たちの研究室では、大学院生を募集しています。当研究室には、電気生理学・二光子イメージング・オプトジェネティクスと、世界最先端の技術が並んでいます。でも、学生の皆さんには、そんなものは小手先と考え、独創的な切り口で、この世の新しい解釈を見つけて欲しいと思います。大学院での目標は、PhDを取得することですが、PhDとは、Doctor of Philosophy、つまり「哲学の博士」なのです。脳をどう見るか、神経やグリアの役割をどう考えるか。私は、皆さんが、脳科学に対する新しい哲学をもつまで、強力にサポートしていきたいと考えております。出身学部は問いません。また、基礎知識なども一切持ち合わせていなくて結構です。必要なのは信念です。
 チャンスには前髪しかありません。後ろは、つるっぱげです。前髪をつかみ損ねると、同じチャンスは、もう二度と訪れません。研究ができる場所、人、お金がそろう瞬間もあります。奇跡の瞬間、科学革命の爆発の瞬間に、自分は、今、立ち会っているのだろうか。見極められるのは、ほんの一瞬です。